おりません」
「あの晩は店にいるとき藤兵衛によばれて土蔵へ行ったのだろう」
「ア!」
芳男は叫んだ。
「まったく、その通りでございます。私はもう一昨夜来、亢奮、逆上して何もわけがわからなくなっておりましたが、たしかに、あの晩、タバコ入れをたずさえて土蔵へ参る筈はございません。今、ハッキリと思いだしました」
新十郎はニッコリうなずいた。
「お前はタバコ入れを土蔵へ持ってあがろうと思ったって、持ってあがるわけにいかなかったのさ。その時はタバコ入れはお前の部屋から消えていたよ。チャンと犯人のフトコロにおさめられていたよ。犯人はお前のタバコ入れをフトコロに、八時に当家をでた。いったん金本へいったが、前座がつまらないことを喋っている。しばらく場内をブラブラ油をうったりしてから、タマには前座からきいてみようと思ったが、これじゃア我慢がならねえ、寄席てえものは前座からきくもんじゃアねえや、ちょッと縁日をぶらついて、又くるぜ、と云って、顔ナジミの下足番に下駄をださせて、外へでた。土蔵の裏のゴミ箱へあがり、塀に手をかけて、なんなく主家へ忍びこんだ。下駄をフトロコに、ぬき足さし足庭をよぎり、土蔵へ忍び
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