え?」
「さ。それは聞いておりません」
「そんなことも一度はしらべておくものさ。罪の根は深いものだ。日常のくらし、癖、それをようく知ってみると、謎の骨子がハッキリとしやすいものさ。それでは、お前が見てきたことを、語ってごらんな。後先をとりちがえずに、落附いて、やるがいいぜ」
「ハ。ありがたき幸せにござります」
 虎之介は思わずニッコリと勇み立って、一膝のりだして語りはじめた。

          ★

 藤兵衛は横山町の「花忠」という老舗で丁稚から叩きあげた番頭であったが、主家に重なる不幸があって、主人はわが家に火をつけて、火中にとびこんで死んでしまった。それが寛永寺の戦争の年だ。主家は没落したが、白鼠の藤兵衛は、自分だけは永年よろしくやっていたから、少からぬ貯えができている。年も、三十。独立して踏みだすには盛りの年齢であった。
 人形町の今の場所に空き店があったから、それを買って、開店した。没落した主家の顧客を誰に遠慮なく受けつぐことができたし、自ら足を棒にして、新しい顧客を開拓した。商売は盛運におもむいて、店を立派に新築し、地つづきの裏店を買いとって、離れと、大きな土蔵をつくった
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