明治開化 安吾捕物
その二 密室大犯罪
坂口安吾

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)大形《おおぎょう》さに

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ニヤリ/\と
−−

 秋ばれの好天気。氷川の勝海舟邸の門をくぐったのは、うかない顔の泉山虎之介であった。よほど浮かない事情があるらしい。
 玄関へたどりつくと、ここまで来たのが精いっぱい、というように、玄関脇に置いてある籐椅子にグッタリとつかまって、吐息をついた。こわれかけた籐椅子がグラつくのも気づかぬ態に腰かけて、額に指をあててジックリと考えこんだがミロク菩薩のような良い智慧はうかばないらしい。時々、思い余って、ホッと溜息をつく。鯨が一息入れているような大袈裟な溜息だが、本人はその溜息にも気がつかないらしい。よほど大きな煩悶と真ッ正面から取り組んでいるのだろう。
 彼は思いきって立ち上った。出発寸前の特攻隊の顔である。自分の思考力に見切りをつけるということが、この大男には死ぬ苦しみというのかも知れない。
 女中に訪いを通じると、例によって海舟のお側づきの女中小糸が代って現れ
次へ
全51ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング