。これを一時期にして、彼は土蔵の二階に居間をつくって、金庫と帳簿を抱えて住みつくことになり、店を番頭にまかせたが、彼には、彼のあみだした方針があった。
 近所の横山町には小間物店の老舗がそろっている。シッカと年来の顧客をにぎって、微動もしない屋台骨を誇っている。新規開店の川木では、そうおさまってはいられない。彼自身も足を棒にして顧客を開拓したが、今後もそれを怠るわけにいかない。
 小間物屋の顧客は主として花柳界、つづいてお邸や大商店の奥様お嬢様などであるから、そこへ出入りする番頭は、男ッぷりがよくて愛想がよくて、御婦人方の気に入られる男でなければならない。ところが、男がよくて愛想がよいから、もてる。あげくに手に手をとって、というのはまだ良い方で、お出入り先のたくさんの御婦人連とネンゴロになりすぎて、事を起し、店の信用を落してしまうというのが、少くない。
 そこで藤兵衛は考えて、お得意まわりに一人前の番頭をやるからいけない。これは小僧をやるに限る、こう結論して、利発で、愛嬌があって、愛想もよくて、顔の可愛い子供を十一二から仕込んで、十五六になると、そろそろお得意まわりにだす。これが非常に効を奏した。花柳地では、姐さん連に可愛がられるし、お邸の奥様方にも、気がおけなくッて、おもしろくッて、この方がよいという評判である。
 そこで藤兵衛の店では、番頭の修作が二十三、大そう若い年だが、これが唯一人の大人である。もっとも、藤兵衛の甥の芳男という修作と同じ年のが、藤兵衛の代理格で、働いている。
 以上の二人をのぞくと、あとは十八の金次、十七の正平、十五の彦太郎、十三の千吉、十二の文三、みんな子供だ。金次と正平はすでに顧客まわりのベテランで、ちかごろは彦太郎もやりだした。千吉と文三はまだ見習いである。いずれも藤兵衛の好みにかなう要素をそなえた美少年であるが、金次ぐらいになると、そろそろ遊びも覚えてくる。商店の小僧は早熟であるから、藤兵衛の流儀で行くと、金次はそろそろ顧客まわりに不適になっているのである。
 これが藤兵衛新案の人形町川木の性格であった。
 藤兵衛には子供が一人しかない。アヤという十八になる一人娘であるが、胸の病があるので、向島の寮に女中を二人つけて養生にやっている。アヤの実母は三年前に死んで、柳橋で芸者をしていた妾のお槙をひきいれて、土蔵につづく離れの一室に住ませている。
 そのほかに、お民、おしの、という大そう不別嬪の女中が下働きをしている。以上が川木の全家族であった。
 土蔵の中の藤兵衛は、毎朝七時に熱いお茶をのむ習慣があって、おしのがヤカンの熱湯と梅干を土蔵の中へとどけることになっていた。
 この日も、いつものようにヤカンを持って土蔵の二階へ上ってみると、昨夜十二時に部屋の外へおいてきた夜食が、そのままになっているのである。藤兵衛は食事は離れへでてきてお槙と食べるのであるが、夜食だけは、土蔵の中で、毎晩十二時にお握りを食べる。昨夜もおしのがお握りを持って行くと、部屋の板戸にカギがかかっているらしく、あかないのである。めったにそんなことはないけれども、もうお寝《やす》みかと、部屋の外へお握りの皿をおいてきたのである。ところが、それがそのままになっている。
 藤兵衛は、夜はおそいが、朝は早い。六時半ごろ起きて、チャンと手洗をすましている。ヒルネをする習慣があるから、これで睡眠は充分なのである。朝の七時にヤカンを持って行くと、必ず起きている藤兵衛が、前夜からズッと眠り通して起きてこない。戸には内側からカギがかかっているし、呼んでも返事がないから、おしのも怪しんだ。
 離れのお槙を起してみようかと思ったが、お槙は昨夜泥酔してねむったことを知っているので、藤兵衛の甥の芳男のところへ行った。ところが、芳男の部屋にはフトンがしいてあって、ねたあとがあり、何か荷造りをしかけたものが置き残してあるが、部屋の主はモヌケのカラで、外泊の様子。仕方がないから、番頭の修作を叩き起して、この旨をつげた。そこで修作がネボケ眼をこすりながら、土蔵へ行ってみると、注進の通りで、戸を叩いても、呼んでも返事がない。フシギであるから、お槙をよび起して、戸を押し破ってはいってみると、藤兵衛は脇差で胸板を刺しぬかれて死んでいたのである。
 戸が内側からカギがかかっていた。その密室で人が殺されているから、この謎は難物である。そこで新十郎をよびむかえることになった。
 新十郎は例によって花廼屋《はなのや》因果と泉山虎之介の三人づれ。古田鹿蔵巡査の案内で、人形町へやってきた。
 藤兵衛の傷は背後から背中を一刺しにしたものだ。ちょうど肝臓のあたりを刺しぬいて、切先が三四寸も突きぬけている。死体は脇差を刺しこまれたまま、こときれていた。脇差は藤兵衛の座右の品。この川木屋で刀
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