いる。
 そのほかに、お民、おしの、という大そう不別嬪の女中が下働きをしている。以上が川木の全家族であった。
 土蔵の中の藤兵衛は、毎朝七時に熱いお茶をのむ習慣があって、おしのがヤカンの熱湯と梅干を土蔵の中へとどけることになっていた。
 この日も、いつものようにヤカンを持って土蔵の二階へ上ってみると、昨夜十二時に部屋の外へおいてきた夜食が、そのままになっているのである。藤兵衛は食事は離れへでてきてお槙と食べるのであるが、夜食だけは、土蔵の中で、毎晩十二時にお握りを食べる。昨夜もおしのがお握りを持って行くと、部屋の板戸にカギがかかっているらしく、あかないのである。めったにそんなことはないけれども、もうお寝《やす》みかと、部屋の外へお握りの皿をおいてきたのである。ところが、それがそのままになっている。
 藤兵衛は、夜はおそいが、朝は早い。六時半ごろ起きて、チャンと手洗をすましている。ヒルネをする習慣があるから、これで睡眠は充分なのである。朝の七時にヤカンを持って行くと、必ず起きている藤兵衛が、前夜からズッと眠り通して起きてこない。戸には内側からカギがかかっているし、呼んでも返事がないから、おしのも怪しんだ。
 離れのお槙を起してみようかと思ったが、お槙は昨夜泥酔してねむったことを知っているので、藤兵衛の甥の芳男のところへ行った。ところが、芳男の部屋にはフトンがしいてあって、ねたあとがあり、何か荷造りをしかけたものが置き残してあるが、部屋の主はモヌケのカラで、外泊の様子。仕方がないから、番頭の修作を叩き起して、この旨をつげた。そこで修作がネボケ眼をこすりながら、土蔵へ行ってみると、注進の通りで、戸を叩いても、呼んでも返事がない。フシギであるから、お槙をよび起して、戸を押し破ってはいってみると、藤兵衛は脇差で胸板を刺しぬかれて死んでいたのである。
 戸が内側からカギがかかっていた。その密室で人が殺されているから、この謎は難物である。そこで新十郎をよびむかえることになった。
 新十郎は例によって花廼屋《はなのや》因果と泉山虎之介の三人づれ。古田鹿蔵巡査の案内で、人形町へやってきた。
 藤兵衛の傷は背後から背中を一刺しにしたものだ。ちょうど肝臓のあたりを刺しぬいて、切先が三四寸も突きぬけている。死体は脇差を刺しこまれたまま、こときれていた。脇差は藤兵衛の座右の品。この川木屋で刀
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