という日が大そう間のわるい日になりましたが、たくみにたくんだアゲクに、一日ちがいでこうなるてえのは神仏の思召《おぼしめし》という奴かも知れません。探偵のお前さんが偉いわけじゃアありませんよ」
と云ってニヤリと笑った。
★
ナイフを逆手に後頭をチョイ、チョイときって血をとりながら、海舟は虎之介の報告をきき終った。
「フン。修作がそう云ったのかえ。四日に藤兵衛に叱られたのが運のつきだったとねえ。たくみにたくんだあげく五日という日が大そう間の悪い日になったというのは、修作にはその恨みが深かろうよ。えてして、そんなものさ。だが、トントン拍子の時もある。人生は七ころび八起きのものだが、犯罪は見ッかると一ペンコッキリで後がないから、神仏とか因縁なぞを考えるのさ」
海舟は左手の指をチョイときって、悪血をとりはじめた。
「四日の晩に藤兵衛に叱られて殺意を起したという新十郎の見方に狂いのある筈はないのだが、修作の云い分によると、主殺しの筋は先月立てたことで、四日の晩に叱られたのがむしろ運のつきだ、というのさ。修作の言葉は真の事実ではあるが、理によって筋の立つものではない。実に偶然てえものは、まことにヤッカイなものだ。修作にも意外であるが、新十郎の頭にも、こいつだけは手に負えねえや。オレが現場に立ちあっても、新十郎と同じことさ。偶然のことは、又、偶然によるほかには、人智によって知り得ないものだ。オレが加助を犯人と見たのは間違っていたが、現場に立ちあっていないのだから、仕方がねえのさ。だが、加助のような人望のある実直者がまま犯人だてえことは、よくあることだから、一度はそこへ目をつけるのを忘れちゃアいけないものだ。部屋にこぼれていた土に曰くがあることはオレがチャンと見ていたことだが、すると犯人は加助か修作かどッちかだということになる。加助にきめてしまったのが、オレのマチガイの元なのさ」
虎之介は海舟の読みのひろさに益々敬服の念をかため、その心眼の鋭さに舌をまいて、謹聴しているのである。
底本:「坂口安吾全集 10」筑摩書房
1998(平成10)年11月20日初版第1刷発行
底本の親本:「小説新潮 第四巻第一二号」
1950(昭和25)年11月1日発行
初出:「小説新潮 第四巻第一二号」
1950(昭和25)年11月1日発行
※底本は、
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