従むつまじく昔日の親しい仲に戻っておる。修作もそこまで考えてはいませんから、オノレ藤兵衛、益々殺意をかたくしてジッと機会をうかがっていたのです。加助に代って、芳男とお槙がよびつけられて縁切りを申し渡される。お槙は三行り半をつきつけられたのですから、修作にとって、こんなに都合のよいことはない。縁切りの直後に殺されたとあれば、誰の目にも犯人は芳男かお槙と疑られるのは必然のこと、絶好の機会とみて、二人の立ち去るや、藤兵衛を殺しました。お槙が酔っ払って土蔵へあばれこんだ時には、修作はまだ死体のかたわらに居りました。彼はカケガネをかけ、その時は五寸釘もさしこんで、ゆっくり後始末をしていたのです。自分にとって不都合なことは残っていないかと物色し、藤兵衛の身の廻りをしらべて、自分に不利な書附などがあったら盗んで帰ろうと思ったわけです。不都合なしと見極めて、持参した芳男のタバコ入れを死体のかたわらへ落して逃げました。何くわぬ顔、寄席へ戻って、円朝をきき、寿司屋で一パイのんで二時ごろ戻って何くわぬ顔、悠々とねむったのです。藤兵衛が殺されれば芳男とお槙の姦通が明るみへでて、芳男は落したタバコ入れによって捕えられる。動機と云い、タバコ入れと云い、証拠がそろっているから、云い逃れはできません。主家に残ったのは病身のアヤ一人。番頭の修作を聟に直して、後とりに立てようということになるのは自然の勢い、修作はそこまで見越しておりました」
 すでに観念した修作はふてぶてしい顔をあげて新十郎を見つめて、
「お察しの通りさ。しかし、私はもっと昔から、事を企んでいましたよ。お槙は芳男よりも先に私に色目をつかったのですが、私はそのときハッと胸にひらめいたことがあって、よしよし、オレがウンと云わなければ、あの色好みのお槙は自然芳男に手をだすだろう。姦夫姦婦をつくっておいて、藤兵衛を殺して罪をきせる。川木屋をオレが乗っ取ってやろうと、こう考えたのは一年半も昔の話でさアね。加助を追んだすぐらいはワケはない。五日の縁日に殺すのだって四日に考えついたわけじゃアありませんや。先月ちゃんと筋を立てて、一日から円朝の連続ものをききにいっていたのさ。四日に藤兵衛に叱られたのが、むしろ私の運のつき、あんなことがなければ、かえって私が疑られるようにはなりますまい。おまけに加助がよびつけられた一幕などが加わって、今から思えば、五日
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