だけの不正を働くようでは、とてもまッとうな番頭に返れるものではない。そこで、芳男も修作もおン出そうと思うから、明日の正午に店へ来てくれるように。朝のうちに追ンだす者を追ンだして、お前を番頭にむかえるからというお話でした。それで、正午に当家へ参上のつもりで支度いたしておりますと、迎えの方が見えられたわけでございます」
「なるほど。旦那が死んでは、せっかくお前が帰参のかなうところをフイになってしまって、大そう困るわけだ。ほかに話はなかったかえ」
「ハイ。実は、オカミサンと芳男の仲が世間で噂になっているが、お前はどう思うか。お前のいたころから、気のついたことはなかったか、というお尋ねがありました」
「それは大そうな質問だね」
「ハイ。それで私も困却いたしまして、そのような噂のあることはきいたことがありましたが、自分の目で見て気のついた特別なことは一ツもございません、と申上げますと、旦那は淋しい笑いをうかべなすって、実は、オレは自分の目でチャンと見届けているのだよ、とおッしゃいました」
「自分の目でチャンと見届けていると」
「左様です。深夜に便所へ立ったついでに、ふとオカミサンの部屋の前へきてみると、障子が薄目にあいているものですから、ボンボリをかざしてごらんになったそうです。すると中がモヌケのカラですから、さてはとお思いになりましてな。ボンボリをけして、そッと二階へ忍んでみると、芳男さんの部屋の中からまごう方なく二人のムツゴトをきいてしまったと申されました。お前が帰ってから、二人をよんで、お槙には三行り半を、芳男にも叔父甥の縁をきって、今夜かぎり追ンだしてしまうのだと申しておられました。そして私がお暇《いとま》を告げますときに、それではついでにおしのに云いつけて、お槙と芳男二人そろって土蔵へくるように伝えておくれと、おッしゃいました。その云いつけをおしのに伝えて、私は家へ戻りましてございます」
「まッすぐ家へ帰ったのだね」
「いいえ。実は、はからずも帰参がかないまして、あまりのうれしさに、縁日のことでもありますし、水天宮さまへ参拝いたし、ちょッと一パイのんで、久しぶりの酒ですから、大そう酩酊して、夜半に家へ戻りましてございます」
「酒をのんだ店は、どこだね」
「それが、貧乏ぐらしのことで、持ち合せが乏しいものですから、見世物の裏手の方にでている露店の一パイ屋でカン酒を傾け
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