な。オレは三十分も前から目を皿にして見ているのだぞ。ヤ。あんた、加減がわるいのか?」
五兵衛の額に脂汗がういている。息づかいが荒い。しかし五兵衛はちょッと笑って、
「いえ、カゴをかついで走りすぎたせいです。お梨江のことは、さっそく、手配いたしましょう」
彼はフランケンと踊っているアツ子のところへききに行ったが、戻ってきて、
「じき現れるそうです」
「そうか。それで安心した」
善鬼もよろこんで自分の席へ戻った。
お梨江が現れたのは、ちょうど、その時であった。彼女はアツ子の命じたように、沐浴のヴィーナスに扮装し、壺をかかえて現れた。にこやかに、落ちついて、あたりを見廻しながら、チャメロスの方へ歩をはこぶ。チャメロスに三歩ぐらいに近づいたとき、ふと腕にさわるものがあるのに気がついて、壺をかかえた左腕を見やった。
「アッ!」
からだを真二つにたち斬られたような、小さな、鋭い悲鳴が、お梨江の口から発した。お梨江が見たのは蛇であった。壺の中から這いだしてお梨江の腕にまきついているのだ。
お梨江はバッタリ壺を落して、割れた壺の上へ自身もフラフラと倒れてしまった。
人々はドッとお梨江の方
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