味に、ちょッといたましい様子であった。新十郎はそれをいたわって、いいにくそうに、
「では、奥様、蓋をあけますが、よろしゅうございますか」
「どうぞ」
釘をぬき、蓋をとりはらう。いろいろの詰め物もとり去り、死体の衣類もとりはらって、風巻先生は、目や、口や、傷口や、シサイに調べ終った。先生は新十郎をふりむき、
「一見して毒死の徴候歴然です。使用した毒物はわからないが、刀傷によって死んだものでないことは確かのようです」
「すると、加納さんが前へとんとんと泳がれて、胸をかきむしるようにしてしゃがみこむようになすったのは、刀傷によるのじゃなくて、毒物の作用によるのですね」
「まア、そうでしょう。脾腹へ小柄をうちこまれたときに、そんな泳ぐようなことをするのも妙でしょう。叫ぶとか、ふりむくとか、それとは多少ちがった反応がありそうなものだ」
「ヤ。ありがとうございます。おかげさまで事件の全貌がハッキリ致しましたようです。どうしても毒死でなければならないということ、小柄を刺しこんだのは毒死をごまかす手段に相違ないということは、昨夜から確信いたしておりました。毒死と知れては、犯人が邸内に居ることを見破られ易いからでしょう。多数の方々はお嬢さまが卒倒なさッたのをある人の指金《さしがね》で定められた時刻のようにお考えのようでしたが、この時刻はお嬢さまが勝手に選んだもので偶然にすぎません。ある人の指金で定められた時刻とは、加納さんが幽霊から使いをもらって夕月へひきだされ、どうしても、会におくれて帰邸せざるを得なかったというカラクリにあるのです。これは加納さんの性癖をよく知りつくせる者のみのなしうることです。つまり、加納さんは重大な宴会前には食事して出席すること、いそいで食事するときには、茶漬に梅干だけで二三分でかッこむことを知りぬいた者のたくんだことです。なぜなら、犯人は加納さんに大急ぎで梅干をたべさせる必要がありました。その梅干に毒が仕込んであったからです」
虎之介は大不満。鼻をならして、
「そんなことがありますかい。お嬢さんが卒倒して、そッちへ人々の注意がむいた隙をねらって小柄をぶちこんだのさ。その隙がなくッちゃ小柄をぶちこめるものですか」
新十郎はニッコリ笑って、
「小柄は手裏剣で投じたものではないのです。犯人はやがて毒がまわって、加納さんがふらつき倒れることを知っていました。彼はその時を待つために、加納さんについてまわっていたのです。毒がまわって倒れかけたとき、とびついて、介抱するとみせて、小柄を腹へ刺しこむために。小柄は虚無僧の尺八の中に隠してありました」
アッという叫びが起った。人々は総立ちになったが、花廼屋と鹿蔵が、やけに田所にくみついて、ひッ捕えたところであった。田舎通人、神仏混合、花廼屋因果と身はやつしても、もとは鉄砲組の小隊長、鳥羽伏見から上野寛永寺まで場数をふんだ覚えの腕は相当なもの。田所をひッ捕えて、まるで自分が推理して捕えたように大満足、ニタリニタリよろこんでいる。田所は後手にとられ、すでに観念して目をとじていた。新十郎は人々のざわめきの鎮まるのを待っていたが、
「悧巧な犯人でしたよ。犯人は当夜重立った人々の扮装をあらまし知っていました。むろん神田正彦さんが、虚無僧になるということも、あるいは神田さんが虚無僧姿に仮装するようそれとなくすすめたのは犯人であったかも知れません。尺八に小柄を隠して、加納さんが毒に苦しみはじめるまで、ついてまわるのは既定の計画でありましたから。そして二人の虚無僧がいることによって、常に一人が加納さんをつけているのを、まぎらすことが必要でした。そして田所を虚無僧に変装させて、自分は梅干に毒を仕込み、加納さんを偽って夕月へおびきだしたのです」
人々はギョッとして目を見合せた。花廼屋は訝しんで、
「すると、ほかに真犯人がいるのですか」
「小柄を刺したのが致命傷でないそうですから、毒を仕込んだ人の方が、もっと大物の真犯人というべきでしょうか。では、真犯人のお部屋を訪問いたしましょうか。しかし……」
新十郎はとッくにアツ子が立ち去ったのを知っていた。そして、それから何が起ったかということも、おぼろに見当がつけられるような気がする。あの気性の女は……細川ガラシャと妲妃《だつき》のお百を一しょにしたようなものだ。見破る者がなければ、満太郎も殺されて、不義の子良介が家督をつぐことになったであろう。居室には鍵がかかっていた。扉を破って人々がはいってみると、アツ子は一子良介を刺し、自分も懐剣でノドをついてこときれていた。立派な最期であった。
★
海舟はナイフで悪血をとりながら、虎之介の報告をきき終った。
「フン。そうかい。その場に行ってみなくッちゃア、毒死というのは分らねえやな。あれ
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