き起して、
「誰もお嬢さまに命じた者はなかったのですよ。つまり、あの時刻にお嬢さまが卒倒なさったのは偶然なんです。お嬢さまが卒倒なさらなくとも、加納さんはあの時刻に、あのような最期をとげなさる運命にありました。これが、この事件の眼目なんです。私はそれを昨夜から確信いたしておりました。お嬢さま、ありがとうございました。おかげで犯人を捕えることができましょう」
 お梨江はひとかたならぬ信頼をこめてジッと新十郎を見つめたが、
「いつ揃えなさるの?」
「三十分ぐらいのうちに捕えることができましょう。お嬢さまも犯人の名を御存知でしょうね」
 お梨江はキッパリとうなずいた。
 二人の若い美男美女がいかにも親しげに心の寄り添う様を見て、虎之介は不服満々、
「とんでもない。結城さん。ああ、色道ほど怖しいものはないなア。あなたほどのお方もコロリと参ると、心眼も曇るどころか、まるでそれじゃア、真犯人の奸計に乗ぜられるばかりですぞ」
 新十郎は虎之介をなだめて、
「いいえ、美しいお嬢さまをお見かけしてから、私の心眼はずんと冴えを増したのですよ」
 ニッコリしてこう云うと、思わず新十郎はポッとあからんでしまった。それを見ると、お梨江もポッとあからんだ。そこへ使者がきて、ただ今、風巻先生がおつきです、とつたえた。新十郎はキッと緊張して、
「さ、すべての謎がとける時が参りました。お嬢さまも一しょに広間へ参りましょう」
 一同は五兵衛の遺体を安置した広間へ行った。親類縁者、五兵衛の世話になった者、多くの人がつめかけている。新十郎は風巻先生と挨拶を交してのち、
「それでは風巻先生に死体を見ていただきたいと存じますが」
 風巻先生はヨーロッパで研究をつんで近代医術を身につけた西洋医学の大家であった。
 新十郎は柩の蓋に手をかけたが、
「ヤ。これはどうしたことだろう。もう今から棺の蓋に釘をうちつけてあるが」
 家令がすすみでて、
「ほかの場合とちがいまして、御変死のお顔に対面は御前の御名誉に傷をつけるようなもの、との奥様の御希望で、今朝、ごく近親者だけの対面をすませますと、蓋を密封いたしましてございます」
「風巻先生に調べていただく必要があるのですが、奥様のお許しを得て蓋をとっていただきたい。又、奥様にも立会っていただきたいものです」
 家令はアツ子の居室へ行って、アツ子をつれてきた。アツ子はやつれ気
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