をとりだして悪血をとる。散々頭の悪血をしぼると、次には小指をチョイときって、懐紙で悪血をとっている。悪血をしぼりながら、おもむろに心眼を用いているらしい。海舟はナイフと砥石をかたづけて、血をふきふき、
「色と見せて別口のあるところが非凡なのさ。虎には、チヨット、わかるまいよ。その日になって、アツ子はにわかにチャメロスとお梨江をとりもつようなことをしたというが、これが計略だアな。アツ子とフランケンはできているぜ。オレもフランケンには三四度会って話をしたことがあるが、好男子で、大そう如才がなくて、鼻筋も唇も目も、顔全体がみんな薄々とした優男《やさおとこ》だな。この顔相はロベスピエールに似ているぜ。顔相の同じいものは、魂も同じいのさ。日本では斎藤道三が悪がしこくッてキモのできた悪党だが、大そう好男子であったそうな。これも目鼻の薄々した優男であったろうよ。人間の仕でかした事蹟を見れば、顔も大方わかるものだ。アツ子とフランケンは組んで踊っていたらしいが、さすがに思いきったことをやる。計画は見ぬかれまいと、自信があってのことだ。しかし、手を下したのは、フランケンでもアツ子でもない。虚無僧姿の神田正彦。五兵衛を刺したのはこの男だ」
海舟は事もなげにいいきった。まだ止らない血をふきながら、彼はさらに説明した。
「虚無僧姿が二人いたてえことを忘れちゃアいけないぜ。田所はアツ子の情夫だ。これが当日何者に仮装するかてえことはアツ子に知れている。あるいはアツ子がすすめたのかも知れねえや。大方そうにちがいはあるまい。人に顔を見せずに、自分の方からは人を見ることができるてえ虚無僧は、仮装会の人殺しにはもってこいだなア。おまけに尺八とくる。五兵衛を殺した小柄は、この中に仕込んであったぜ。神田は海賊あがり、オレが船乗りのころ挨拶にきたことがあったが、武道十八般に通じ、万事につけて一家の見識のある男だ。金が好きだから、海賊にも商人にもなったんだろうが、政治をやれば総理はつとまる男だよ。人殺しぐらいはキュウリをねじきるぐらいにしか思っていやしねえ。ひどい奴さ。アツ子がにわかにチャメロス側の味方についたと見せかけたのは、まず第一には、お梨江に蛇をつめた壺をもたせるため。第二には、チャメロス、善鬼ら、反対派の者どもをお梨江とチャメロスのことにかかりきらせて、注意をそらすためだアな。お梨江が卒倒する。人の
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