戸大阪生れの人間がやるものだが、花廼屋は薩摩ッポウで、鳥羽伏見の戦争ではワラジをはいて、大刀をふり廻して、ソレ、駈けこめ、駈けこめ、と、上野寛永寺まで駈けこんできた鉄砲組の小隊長であった。
 どういう因果か、この男は小説が好きだ。おまけに、都会の風が身にしみてゾッコン好きであるから、御一新になると同僚はみんな官途について、肩で風をきる中で、この男は志を立て、さる戯作者の門に弟子入りして、大いに道を習い覚えて、小説をものしたところ、外道の世の中、見当外れの通ぶりが意外の功を奏して、バカにされされ、もてはやされてしまったのである。田舎通人、神仏混合、花廼屋因果といえば、人力車夫や女中などには粋人中の粋人とありがたがられて、身にあまる人気を博するに至った。
 この男がまた虎之介に輪をかけて凝り屋のところへ、特に探偵のことには凝りに凝っている。古田巡査の靴の音をチャンと覚えていて、この足音が新十郎の門をくぐると、すばやく身支度をととのえて、新十郎のでてくるのを門前に待ちかまえていて、
「さ。では、参りましょう」
 とか、懐中時計をチョッとにらんで、
「ウム。こりゃア、急がにゃなるまいて」
 なぞと、頼まれて案内にきたようなことをいって、ズンズンついて行くのである。
 三人がでかけるころに気がつくのが虎之介で、あわてて帯をしめなおしながら、
「オイ。待て! 待たんか! 卑怯もの。ウヌ」
 ホウ歯の書生下駄をつッかけて追っかけてくる。新十郎は花の巴里《パリ》でつくらせた洋服に細身のステッキ。花廼屋も当節の通家であるから、リュウとした洋服にハットをかぶり、ステッキを手に、いつも水府の巻タバコをくわえている。
 鹿蔵の注進によって勢揃いした三人は矢来町の加納邸へとやってきた。
 星玄は門前まで出迎えて、新十郎に堅く握手して、
「日本ひろしといえども、オハンあるのみ。たのみますタイ」
 心痛のあまり、国の言葉で、挨拶する。彼の目には、事のあまりの重大さが、焼きついていて、居たたまれぬほど胸がせまってくるのであった。
「何事が起りましたか」
 星玄は事件を説明して、
「かようなわけで、まことに心外ながら五兵衛どんはオイドンの目の前で死んでしもうたのです」
 新十郎はやさしい目で彼をいたわって、
「ほかの人々はお梨江嬢の倒れた方へ駈け去って、残っていたのは、あなた方雲助組だけですね」

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