える。ヒネクレている。無口で、人のヒミツをジッとうかゞっているような、陰険で、なんとなく不潔な感じが漂っている。ママ母と折合いの悪いのは当然で、むしろママ母の方が泣かされたろうと思われるぐらいである。
世間知らずの妹は、そんな風には考えない。ママ母にいじめられて、ヒネクレ、陰険になり、無口になったと解釈する。無愛想はむしろ美徳だと考える。女中がチャラ/\御用聞きなどゝ談笑するのを好まないのである。
私にくってかゝって、
「兄さんは不幸な境遇が人の性格をゆがめることも知らないで、小説を書こうなんて、まちがいよ。あたゝかい心がないのです。ろくな文学は書けませんよ」
妹は着物を買ってやったり、東京見物につれて歩いたり、お裁縫を教えたり、たいへんなゴヒイキである。
夜、膝つき合して裁縫している時などに、身の上をきいたりすると、シャクレ顔がデングリ返ったような深刻な思いつめた表情となって、ママ母にいじめられた数々を身もだえるように語りだす。ヒソヒソと秘密を打ちあけるようである。告白のせつなさだ。シャクレた底で目玉がピカピカひかる。因果物の娘の演技である、復讐の青大将が這いまわるという連鎖劇の気分である。
「お嬢さまの御恩は死んでも忘れません」
などゝ、告白のついでにヒソヒソと胸の思いをもらす要領であるから、お人好しの妹は鼻をヒクヒクさせて、
「私の恩は死んでも忘れないと言いましたよ。可哀そうな娘なのよ。愛情に飢えているのでしょう」
などゝ、大得意で、月給をあげてやる。
「あの子は男ぎらいなんでしょう。御用聞きが品物を届けにきても、有難うも言わなけりゃ、お愛想笑い一つしないのよ。品物を受けとると、ジャケンなぐらい、ピシャリッと戸をしめるのよ」
すべて女中というものは、家人の前で恋をさゝやく筈はない。チャラ/\と裏口で御用聞きと歓談する女中の方が腹蔵ないかも知れない。無口、陰険、因果物の演技に巧なトン子さんは、人の知らないところで何をしているか見当がつかないように思われるが、妹は自分の目に見ていることだけ信用できるタチで、思いこんでいるのである。
そのころ私は自分の恋にかゝりきって、多忙をきわめ、ウワの空で暮していた。三日にあげず女の人から手紙がきて、私がまた郵便のくる時間になると落付かないから、妹は私を蔑んで、便所へ行くフリや、お水をのみにくるフリしなくっともいゝでしょう、堂々と郵便箱のぞきなさいな、などゝ冷笑する。
トン子さんが郵便屋の影を認めると、スイとでて行って郵便箱からとってきて、妹に渡す。
妹がタシナミのない嬌声をあげて、
「来ましたよ、来ましたよ、お待ちかねの物」
けれども、時には、私が便所へ降りる途中に運よく郵便屋の通りすぎる影を認める時がある。私が玄関からでようとすると、出会い頭に、トン子がとびだして、スイと私をすりぬけてでる。
「いゝよ。僕がとってくるから」
トン子さんは下駄を突ッかけかけて、敵意の目でジッと私の顔色をうかゞう。穏やかならぬ目つきである。
私は立腹して、
「いゝったら。僕がとってくる」
トン子さんは、とっさに蒼ざめ、キリキリ口をむすんで、顔をそむける。
「なんだって仏頂ヅラをするんだい。僕がとりに行くからいゝよ、と云われたら、ハイと答えて、すむことじゃないか」
顔をそむけたまゝ、これをきいていて、肩に怒りをあらわしてプイと振りきるように郵便箱へ駈けだして行くのである。なんとも、興ざめ、相手にするのがアサマシイ思いであった。なんという強情、ヒネクレモノ、可愛げのない奴だろう、ブンナグッてやりたいような気持だが、天性、私は女の子をブツことのできないたちで、ネチ/\ブス/\と根にもっている。
ところが、トン子さんの根にもつこと、私以上に甚しい。
私の顔を見るとたん、ブスッと怒りッ面をして、顔をそむける。クルリとふりむいて、女中部屋へバタ/\駈けこみ、ピシャリと障子をしめてしまう。
これが度かさなると、なんだか、私が口説いて追い廻して、逃げ廻られ、振られているような様子で、妹も不審な顔をしはじめてきたから、私も我慢ができなくなり、逃げこんでピシャリとしめた女中部屋の障子をあけて、
「キザなことは止せ。なんのために逃げ廻るんだ。まるで、オレが君を追い廻して、君に逃げ廻られてゞもいるような様子だね。なんのために逃げるんだ。ワケを言ってみろ」
ブスッとふくれて、返答しない。ぶつなり、殺すなり、勝手にしろ、という突きつめた最後の構えで、痴情裏切りの果とか、命にかけても身はまかされぬと示威する構えで、小娘のただの構えじゃない。こっちはワケが分らないから、たゞワケを言ってみろ、とネジこんでいるだけのことだから、こんな極度の構えで応対されては、寒気がする。イマイマしいけれども、これ以上、ど
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