ることを教へなかつた、日本文化史に罪があるのでありませうか。
 数日前、坊主にすすめられて、始めて福音書を読みました。思想の浅深に就てはとにかくとして、基督《キリスト》なる男が、己を信ぜざる者に対して実に生々しい憎悪を懐いてゐるのには一驚しました。悪魔外道をも解脱せしめやうとする仏教に比べて、思想としてはとにかく、人間の血と肉を賭けた文学の出発としては、たしかに基督教を持つ人々が幸福であつたに相違ありません。
 陶淵明に、日日酒をやめようとしたが、止むことの楽しからず、己れを利せざるを知り、平生酒をやめず、といふ呑気な句があります。こと酒となるや、愚生も亦やむることの己れを利せざるを知り、平生酒をやめないところの、基督教徒の如き頑強な追求精神をもつものでありますが、ああ之は果して偉大な道徳の確立であらうか!
 K君、今度は名古屋製のまがひ物ではない酒盃を、九月前にぜひ一対、表記のところへ送つてくれたまへ。
頓首



底本:「坂口安吾全集 01」筑摩書房
   1999(平成11)年5月20日初版第1刷発行
底本の親本:「紀元 第二巻第九号」
   1934(昭和9)年9月1日発行

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