ゴもおむき致しましょうか」
「えゝ、朝はね」
 と、うなずいて、食卓についた。ミソ汁と卵とリンゴ、ゴハンは朝はたべない。
 今日は階下の奥座敷で対局。呉氏、今日は半袖ワイシャツに白いズボン。昔、金満家の大邸宅だったというこの旅館の庭は、深い緑が果てもなく、静寂が、目に心にしみてくるのであるが、こう猛暑では、何がさて、あつい。
 私も色々の対局を見たが、対局に、こんなに思いやりを寄せる旅館は、初めてだ。こゝのマダムが囲碁ファンで、まだ若い美人にも似ず、相当に打つのだそうである。
 今日は、立会人のほかは、全然見物なし。
 呉氏も今日は、目をパッチリと、ねむそうだった昨日の面影はミジンもない、貧乏ゆすりをしながら、食いこむように、かがみこんで考えている。
 本因坊は、まさしく剣客の構えである。眼は、深く、鋭く、全身、まさに完全な正眼だ。
 両方で、時々、むずかしい、と呟く。十時にビワがでる。本因坊はアッサリ食べ終り、呉氏はビワと格闘するように食べ終って、ギロリと目玉をむいて、盤を睨む。
 国籍異る世界最高、第一人者が名誉をかけて争う国際試合は、日本の歴史において、これが最初だ。果して、この
前へ 次へ
全7ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング