ら、人に信頼されたりすると重苦しくて迷惑するのであつた。併《しか》し辰夫は毎日の面会が終る度に必ず目に泪を泛べて、「又明日もきつと来て呉れ給へね、君一人を待暮してゐるのだから」と言ひ乍ら痩せ衰へた指を顫はせ私の手首をきつく握るものだから、私も余儀なく毎日のやうに病院へ足を向けた。
初めのうちは寧ろ病院へ行くのが珍らしくもあつた。厳めしい石門を潜つてだらしなく迷ひ込む瞬間から、私も一人の白痴のやうにドンヨリしてしまふ精神状態が気に入つたり、それに私は、その頃辰夫のほかに全く友達を持たなかつたので退屈を持余してゐたから。それに又全快し乍ら狂人で暮す此の秀才の物語るところが、その奇怪な心境を通して眺められた此の病院の様々な風変りな出来事や、それに対する鋭いそして奇妙な彼の観察や批評等、全てが興味深いもので、いはゞ私は全く打算的に、面白づくで此の病院へ日参してゐた。
ところが暫くするうちに、私達の間には話の種が尽きてしまつた。私達は面会の時間中ボンヤリと屈託して、沈黙に悩むあまり、時々自分乍ら思ひもよらない言葉を不意に喉の外へ逃がして気まづい目を伏せ合つてしまふ。心に泛ぶこともないので、明
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