が隠されてでもゐるやうな、妖しい絢の匂ひもした。父の用ひた本であつたときかされて、少年は秘密のなさに驚くのだつた。父の本。自分の父。こんな身近かにこんな秘密や妖しい夢を焚きこめた品がどうして有りうるのだらうか? 現に母にはそれに通じるひとつの絢も見られないのに。母もトランプをしたのだらうか? さうして今はどうしてトランプをしないのだらう? そして卓一の心の奥に、現実の母はまつたく死滅し、別の然しまことの母がひそかに棲んでしまつたことに、彼は冷めたい罪悪を意識しながら気附いたのだつた。恐らくそれは彼にはじめて開かれた罪悪の魅力にみちた美しさだつた。そのとき彼は母を殺したのであつた。
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(附記) これは長篇の書きだしの一小部分にしか過ぎず、この部分としても未定稿ではありますが、「母を殺した少年」といふだけの意味でならば一つの纏まりがありますので、間に合せのいかものを書くよりは、と存じた次第です。乞寛恕。
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底本:「坂口安吾全集 02」筑摩書房
1999(平成11)年4月20日初版第1刷発行
底本の親本:「作品 第七巻第九号」
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