この日には限らないので、母の幻を洗ひ流すに特別多量のアルコールが入用だといふわけではない。親友のオデン屋がつまりこの日は同情ストライキといふ奴で、一緒に飲みはじめて夏川以上にメートルをあげてしまつたから、をさまりがつかなくなつただけのことだ。
このオデン屋は生国では草相撲の大関で、今もつて多少ドン・キホーテの気性があるほどだから、血気の頃は特別だ。天下の横綱にならうといふ大志をかためて、村の有志から餞別を貰ひ、両国をさして乗りこんだものだ。首尾よく入門は許されたが、本職の怪力は論外で、頭もろとも突きかゝると岩にぶつかる如くはね返され、関取が片腕ふつたばかりで腰にしがみついてゐる彼の身体がコマの如くに宙にクルクルと廻つてフッ飛ばされてしまふ。右手をふれば左へ、左手をふれば右へ、縦横無尽にはね飛ばされたり、土の中へめりこまされたり、たつた一日の稽古でつくづく天下の広大無辺なることを悟つたものだ。居ること正味二日となにがしの時間で、機を見はからひ、荷物をひつかづいて逃げだした。ともかく荷物をひつかづいて走るぐらゐの人並こえた力ぐらゐは有るのである。今もつて二十四五貫の肥大漢で、酒を飲みだす
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