れなかつたものである。青春再び来らず、といふ。青春とは、それ自らかくも盲目的に充実し、思惟自体が盲目的に妖艶なものだ。
そして、俺は、と、夏川は自分をふりかへらずにゐられない。十八の娘は、闇の女でも、花があつた。然し、夏川には、花がない。俺の住むところは、どこなのだらう。冬の枯野なのだらうか、沙漠であらうか。何よりも、俺自身は何者であらうか。何のために生きてゐるのであらうか。
あるとき、夏川は臆面もなく娘を口説いたものだ。これから泊りに行かう、といふわけだ。娘はクスリと笑つて、
「よしてよ。もう、そんなこと、言ふものぢやアないわ」
「だつて、どうせ誰かと泊りに行くのだらう」
「でも、オヂサンとは、だめよ。もう、そんなこと、言つちやいやよ」
「なぜ、だめなんだ」
「なぜでも」
娘は笑つてゐる。それも亦、まぶしいほど爽やかな笑ひであつた。
そのときも、然し、娘はやがてまじめな顔になつて、かうきびしく附けたしたものだ。
「オヂサン。お母さんと関係しちやいやよ」
「だからさ。君と泊りに行かうといふのぢやないか」
ところが夏川はその言葉を言ひ終らぬうちに棒を飲みこんだやうになつてしまつ
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