、隣の子供の悪事にも自分が叱られるやうにいつもビクビクしてゐたものだ。恐らく誰からもその存在を気付かれぬやうな片隅の、又物蔭の子供であつた。中学の頃から急にムク/\ふとりだしてスポーツが巧くなつたり、力持ちになつたり、いつ頃からか人前へ出しやばつて生きることにも馴れたものだが、かうしてぎり/\のところへくると、オド/\した物蔭の小学生が偽らぬ自分の姿だと思ひだされてしまふのである。
彼は小さい時から、あくどいもの、どぎついものにはついて行けないたちであつた。五十女の情慾や変態男の執念などは、まともにそれを見つめることもできないやうな気持なのだが、そして、淪落の息苦しさ陰鬱さに締めつけられる思ひであつたが、又、不思議にだらしなく全身のとろけるやうな憩ひを覚えるのはなぜだらう。
あるとき酔つ払つた夏川が梯子酒といふ奴で娘のゐる屋台のオデン屋へ現れたとき、娘が彼に言つたものだ。
「ねえ、オヂサン。うちのお母さんと関係しちやいやよ」
夏川は奇妙に沁々《しみじみ》とその言葉を味はつたものである。なべて世の母はその娘の処女と純潔を神の如くに祈り希ふものであるが、老いたる母はその淫売の娘によつ
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