ば、二十二のヒロシはまだ十七八のお酌と一本の合の子ぐらゐにウブなところが残つてゐた。それは貞操に関する自覚の相違によるものだらうと夏川は思つたが、又、その慎しみ深さや、あらはなことを憎む思ひや、生一本の情熱は、古典芸術の品格の中で女の姿を習得した正しい躾が感じられて、時に爽快を覚えることもあつたのである。
 けれども、ほのかなふくらみに初々しさを残してゐた美しい顔も、近頃はやつれて、どうやら年増芸者のやうなけはしさがたち、それにつれて彼の心も蝕まれ無限にひろがる荒野の心がほの見えてゐる。それでもともかく彼の躾は崩れを見せず、危い均斉を保つてゐた。かうした不時の急場には、その荒れ果てた魂と正しい躾と妙な調和をかもしだして、五十がらみの老成した男のやうなたのもしさすら感じさせるのであつた。
 然し、夏川は歩きかけてみて、その当てどなさに、辟易した。
「やつぱり、私は、ともかく、うちへ行かう」
「おや、里心がつきましたか」
「居所がつきとめられたうへは仕方がないさ。こつちの気持を母に打ちあけて、肚をきめるのはそれからさ」
 と言つたが、母を見る切なさは堪へがたい。するとヒロシはぴつたりと身体をすりよせるやうにして、
「ナアさん」
 その目にも顔にも身体つきにも奇妙な幼さがきはだつて籠つて見えたやうに思はれた。
「あたくしがお供してゐますもの、御不自由は致させません」
 夏川は気がぬけるほど馬鹿らしかつた。淫売で露命をつないでゐるこの青年に御不自由は致させませんもないものだが、本人はそれを思ひこんでゐるのであるし、事実貧富暖寒の差に人の真実の幸不幸がないとすれば、堕ちつめて行く路の涯《はて》にこの青年の献身が拠りどころであり得ることも考へられるのであつた。夏川はそれが怖しかつた。
 夏川は変態的な情慾にはてんから興味をもち得ないたちであつたが、それとは別に、ひとつの純情に対するいたはりは心に打ち消すわけに行かない。すりよるヒロシの体臭が不快であつたが、それを邪慳にするだけの潔癖もなかつた。まア、ともかく、すこしぶら/\して、考へをまとめようと思つた。

          ★

 夏川が戦争中つとめてゐた会社は終戦と同時に解散した。そのどさくさに、会社の残品を持ちだしてなかば公然と売りとばした一味の中に彼もまじつてゐたわけだが、別段計画的な仕事ではなく、誰しもその場に居合は
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