ことはない。然し、この時ばかりは理窟ではない、年齢が年齢に打ちひしがれた強烈無慙な一撃に思はず世の無常、身辺に立つ秋風の冷めたさを悟つたものだ。そして十八の娼婦の妖艶な肢体を見直して、まさしくそこに、この世では年齢自体が女王で有り得る厳たる事実を認めざるを得なかつた。夏川は今もなほ自ら淪落の沼底に沈湎《ちんめん》するが故に自らのゐる場所を青春と信じてゐた。青春とは遊ぶことだと思つてゐたのだ。否、々、々。青春とは、かゝるくぎりもないだゞら遊びと本質的に意味が違ふ。樹々の花さく季節の如く、年齢の時期であり、安易なる理性の外に、冷厳な自然の意志があることを悟らざるを得なかつた。
然し、青春の女王は彼に闇屋をよせと云ふ。オヂサンぐらゐの年配ではみつともないと云ふのだが、傲然と、かゝるぬきさしならぬアイクチを突きつけながら、一ときれの理知も持たなかつた。
「だつて、食へなきや、仕方がないぢやないか」
夏川がかう言ふと、女は笑ひだして、
「アヽ、さうか」
と言つたものだ。まことに軽率きはまる唯美家であつたが、それだけに、夏川は失はれた年齢のぎつしりとつまつた重量を厭といふほど意識せずにはゐられなかつたものである。青春再び来らず、といふ。青春とは、それ自らかくも盲目的に充実し、思惟自体が盲目的に妖艶なものだ。
そして、俺は、と、夏川は自分をふりかへらずにゐられない。十八の娘は、闇の女でも、花があつた。然し、夏川には、花がない。俺の住むところは、どこなのだらう。冬の枯野なのだらうか、沙漠であらうか。何よりも、俺自身は何者であらうか。何のために生きてゐるのであらうか。
あるとき、夏川は臆面もなく娘を口説いたものだ。これから泊りに行かう、といふわけだ。娘はクスリと笑つて、
「よしてよ。もう、そんなこと、言ふものぢやアないわ」
「だつて、どうせ誰かと泊りに行くのだらう」
「でも、オヂサンとは、だめよ。もう、そんなこと、言つちやいやよ」
「なぜ、だめなんだ」
「なぜでも」
娘は笑つてゐる。それも亦、まぶしいほど爽やかな笑ひであつた。
そのときも、然し、娘はやがてまじめな顔になつて、かうきびしく附けたしたものだ。
「オヂサン。お母さんと関係しちやいやよ」
「だからさ。君と泊りに行かうといふのぢやないか」
ところが夏川はその言葉を言ひ終らぬうちに棒を飲みこんだやうになつてしまつ
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