なぞと号令をかけるものだときいて、兵隊がメートル法では日本は負けると確信して云いふらした。彼とメートル法のサンタンたる戦歴を知る村人ではあったが、彼があまりにも所きらわず日本の敗北を喚きたてるので、みんなの気をわるくさせた。在郷軍人分会へひッたてられてアブラをしぼられたこともあったが、それは彼のメートル法への反抗をかきたてるばかりでムダであった。
 しかし予言が的中して祖国が敗北して後は、彼の気勢は人々の予期に反してメッキリ衰えた。三人の子供がそろって戦死したせいだ。彼は終戦三年目に、村の人々がたててくれた三人の子供の墓標をひッこぬいて焼きすててしまった。彼が受けとった遺骨箱の中に遺骨はなかったのだから、無意味な墓にイヤ気がさしたものらしい。
 この部落にはお寺もなければ学校もない。そして、むろん墓地もない。子孫につたえる小さな土地以外には人の名も人の歴史もないのである。彼は自分の土地をつたえるべき子孫を失ったから、子孫の代りに自分の名を残そうと考えた。むかしから人々はその名を残すために多くのことをした先例はあった。天皇は大仏や寺をつくり坊主は橋をかけ池をほり武士は戦争し大工は眠り猫を
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