アイビキ中に楽々と盗むチャンスは部落の全員にあったのである。アリバイ調べなぞもやってはみたがムダだ。部落の全戸数はたった十一戸にすぎないが、警官にとってはその各々が孤立した城であった。城外に援助をもとめる必要はない。彼らはその城に閉じこもる限り安全で、よその出来事に対しては「知らない」という完璧で絶対的な表現があった。知るはずもない。みんなそれぞれ離れている。そして戸外には光もない。彼らが知っていることは中平が「鉢の木」を唸って通過したことだけであった。結局犯人が札ビラをきるまで待つ以外に手がないとあきらめて捜査は打ちきりとなったのである。
 しかし、いろいろのことが残った。その第一は中平がフランケンシュタイン化したこと。したがって部落に恐慌が起ったこと。三吉の家庭の事情が悪化したこと。登志がダルマ宿へ身を売ったこと。それらは当然起るべきことではあったが、メートル法の久作が悲劇の中心的人物となったことは意外というほかはない。しかしその素因は他にあった。たまたま中平の盗難を機にそれが発したのであるが、その表面に現れた事柄から我々がこの悲劇を理解することは困難であるかも知れない。我々は感じ
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