教室へ這入ってくると、やがて大きな帽子をぬぎ、ハンケチを持たないから、ポケットから鼻紙をだして、クリクリ坊主をふくのであった。
尤《もっと》も栗栖按吉がクリクリ坊主になったのは革命を愛する精神のせいではなかった。彼なみに、やむべからざる理由があったためなのである。頃はすでに初夏だった。長い頭髪がなかったら、きっと涼しいに相違ない。或朝按吉はふと考えた。その上彼は当時神経衰弱の気味があって、頭に靄《もや》がかかっていて、どうもはっきりしてくれない。人間はゴリラやライオンに比べれば確かに頭脳優秀であるが、ゴリラやライオンが床屋へ行くということを誰もきいた人がない。だから頭髪は刈るべきである。否、剃《そ》るべきであるのである。するともうきっと頭が良くなるのだ。――床屋の親父は迷惑した。剃刀《かみそり》のいたむことといったらものの三日も研《と》がなければならないだろう。そこで彼はこう言った。
「ねえ旦那。頭に傷がつくかも知れないね。なにぶん頭というものは、唐茄子《とうなす》ぐらいでこぼこのものでがすよ。ヘッヘッヘ」
「或る程度まで我慢します」と、按吉は冷静に答えたのだった。頭には頭蓋骨という
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