かけない
栗栖按吉という男が、この時まで、何処《どこ》で何をしていたかということになると、これが皆目分らない。筆者も色々調べてみたが、どうも、さっぱり分らない。このとき二十一歳だったが、それでも誰だったかの話によると、その前年のことであるが、大菩薩峠にほど近い奥多摩山中の掘立小屋、これは伴某という往年の夢想児が奥多摩の高原を牧場にし峠から谷底まで牛でうようよさせるつもりで建てた小屋だということだが、牛なんか、まことにもって胸がすくほど、一匹もいないじゃないか。ところがこの掘立小屋を借り受けて、霧を吸い木の芽をくい、弓でもってモモンガーを退治してすき焼をつくり、人間は一ヶ月五円でもって楽々と生活ができるものだと悟りをひらき、勿体ぶった顔付をして深山を散策したり本を読んだりしていた男が、どうもこの男じゃなかったかという話がある。この小屋には燈火がないから、日が暮れると、突然ねてしまうほかに手がないのだ。と、ここにこの男は容易ならぬことを発見した。というのは、この男が眠っている顔の真上に当る棟木に、毎晩一匹の蛇がまきついているのを発見したわけである。昼になるともう姿がないところを見ると、蛇
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