下げ]
ロミオ
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思ひ出しなさるまで、斯うして此処に立つてゐやう。
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ヂュリエット
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さうしてゐて欲しいから、わたしや尚と忘れませう。一しよにゐたいといふことばかりは忘れずに。
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ロミオ
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予《わし》は又いつまでも斯うして此処に立つてゐよう。卿《そもじ》にも忘れさせ、自分も此処の事の外は皆忘れて。
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ヂュリエット
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もう夜が明くる。往《い》んで欲しいと思へども、小鳥の脚に、気儘娘が、囚人の鎖のやうに糸を附けて、ちよと放しては引戻し、又飛ばしては引戻すがやうに、お前を往なしたうもあるが、惜しうもある。
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ロミオ
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卿《そもじ》の小鳥になりたいなア!
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ヂュリエット
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お前を小鳥にしたいなア! したが、余り可愛がつて、つい殺してはならぬゆゑもうこれで、さよなら! さよなら! あゝ、別れといふものは悲し懐しいものぢや。夜が明くるまで、斯うしてさよならを言ふてゐたい。
ヂュリエット入る
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ロミオ
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卿《そもじ》の目には安眠が、卿《そもじ》の胸には安心の宿るやう! あゝ、其の安眠とも安心ともなつて、君の美しい胸や目に宿りたいなア!…………
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私はロミオとヂュリエットを勝手にバラバラとめくつて所きらはず抜いたのであつて、シェクスピアの戯曲は何処をめくつても、常にこれくらゐの名文は転がつてゐる。かと思へば、
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ヂュリエット
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お前もう去《いな》しますか? ああ恋人よ、殿御よ、わが夫《つま》よ、恋人よ! きつと毎日|消息《たより》して下され。これ、一時も百日なれば、一分も百日ぢや。おゝ、そんな風に勘定したら、また逢ふまでには予《わし》は老年《としより》になつてしまはう!
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といつた具合に、切々として胸を打つ別離の言葉を述べさせる。まことに、美文と言ひかつ名文と言ふべきであらう。而して、これらの名文は決して単にひねくられただけの軽薄な文章ではなく、娘心の限りもない恋慕の情を良く洞察し表はしてゐる。
と
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