ないでせうか。
その余白の中にくりひろげられ、私の目に泌みる風景は、可憐な少女がたゞ狼にムシャ/\食べられてゐるといふ残酷ないやらしいやうな風景ですが、然し、それが私の心を打つ打ち方は、若干やりきれなくて切ないものではあるにしても、決して、不潔とか、不透明といふものではありません。何か、氷を抱きしめたやうな、切ない悲しさ、美しさ、であります。
もう一つ、違つた例を引きませう。
これは「狂言」のひとつですが、大名が太郎冠者を供につれて寺詣でを致します。突然大名が寺の屋根の鬼瓦を見て泣きだしてしまふので、太郎冠者がその次第を訊ねますと、あの鬼瓦はいかにも自分の女房に良く似てゐるので、見れば見るほど悲しい、と言つて、たゞ、泣くのです。
まつたく、たゞ、これだけの話なのです。四六判の本で五、六行しかなくて、「狂言」の中でも最も短いものゝ一つでせう。
これは童話ではありません。いつたい狂言といふものは、真面目な劇の中間にはさむ息ぬきの茶番のやうなもので、観衆をワッと笑はせ、気分を新にさせればそれでいゝやうな役割のものではありますが、この狂言を見てワッと笑つてすませるか、どうか、尤も、こ
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