、まだ契約金を受けとっていないから、フトコロの問題なんだ。キミ、たてかえてくれるかい」
「よせやい。そんな金があるぐらいなら、田舎へアルバイトにでるものですか。しかし、帰っちまうと困るから、ヤツ子さんだけ二等の切符買ってあげなさいよ」
「そうだなア。一枚だけなら買えるんだ。仕方がねえ」
谷は恨みをのんで二等を一枚買った。ところが改札になると、いつのまにやら田沼も二等の切符を握っている。
「アッハッハ。歌手は二等。バンドは三等。これは芸術の格だね。では、失礼」
田沼も歌手であった。彼はヤツ子を護衛するようにして二等車に乗りこんだ。バンド組の五名はそろって素寒貧、指をくわえて見送る以外に手がなかったのである。
小さな駅に降りて、そこから、またバスに乗らなければならない。
「駅に出迎えもでていないのね」
と、またヤツ子がイヤミを云った。重々もっともなイヤミではある。だから谷は一そう無念だ。
「バスには二等がないそうで、どうも、相すみません」
腹立ちまぎれに、つい口をすべらしてしまったから、ヤツ子が顔色を変えた。自分だけ乗るつもりでタクシーを探したが、そんな気のきいた物があるような駅
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