ではない。しかし、胸がおさまらないから、
「私は歩いて行きます。どうぞ、お先に」
「無理ですよ。三里もあるそうですから」
「いいえ、歩きます」
「こまるなア。じゃア、ボクも一しょに。キミたち、先に行ってくれたまえ。ボクたち、何か乗物さがして、追いつくから。歌手は真打だ。バンドが先にやってるうちに、静々とのりこむからね」
「よせやい。ほかに乗物はありやしないよ」
「モシ、モシ。発車いたします」
「畜生め。ウーム」
仕方がない。バンドの五人はヤツ子と田沼を残してバスにのらざるを得なかった。
「乗物をさがして、早く来てくれよ、な」
「ああ、大丈夫」
こういう次第で、バンドと歌手は別々になってしまった。歌手の到着が一時間もおくれたのである。
「ワガママったら、ありやしないよ。美人を鼻にかけやがって」
「悪く云うなよ。三里もある道歩くなんて意地はるとこ可愛いよなア」
「歌手なんか、いらねえや。バンドの腕を見せてやるんだ」
「そうはいかねえらしいぜ」
とバンドの一人が楽屋の黒板を指さした。楽屋というのが小学校の教室だ。その黒板に例のポスターが一枚はってある。右下にマリリンモンローのような美女
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