ほくそえんで一同とともに応接間に通り、皮張りのバカに大きな肱かけイスに身体をうずめた。
 久々にシミジミ見る信二坊っちゃん、不自由はないはずだが、栄養充分の顔色でもない。やや、やせている。深窓に閉じこもっているせいか、なんとなく苦行僧のようなうッとうしいマナザシをしているところが面白い。一見、ノータリンに見えないからである。苦行僧は両の掌を卓上に組み合わせて一点を凝視していたが、
「文化祭の寄附とはオドロキですね。文化祭というものは、よそではもうかるものですよ」
 と意外なことを言いだした。
「よそと申しますと、アメリカのことで?」
「いえ、もうこの村以外の津々浦々ですよ。ボクら、大学のころ、文化祭でもうけたものです。切符の売上げをタダ飲みしましてね。売上げを半分ぐらいごまかすんです。たのしかったものですよ。文化祭は、そういうものですね」
「入場料をとるんですか」
「当り前ですよ。アナタ、タダでやるつもりですか。呆れましたね。タダでねえ。タダほど人生につまらないものはないですね。ダイヤモンドもタダにすればつまらない石にすぎないですよ。アナタ、文化祭を石にするわけですね」
「それが、ねえ。もともと石なんですよ。素人ノド自慢と、三ツの歌でしょう」
「呆れた。おうかがいしますが、文化とは何ぞや? 農村といえどもですね。かりにも青年団が牛耳る文化祭でしょう。鎮守さまのお祭の余興とはちがうはずでしょう」
「どうも恐れ入りましたね。まさか本職の芸人がこの村へ来てくれるわけもありませんのでね」
「お金次第ですよ。お金をだして芸人をよんで、お金をとって見せる。そして、もうけなさい。文化祭はもうかるものですよ」
「興行は不況だそうじゃありませんか。本職がもうからないのに、素人がもうかるはずはないでしょう」
「素人だから、もうかります。文化祭ですからね。本職は文化祭がやれないので、気の毒なものですよ」
「では、失礼ですが、アナタに文化祭の幹事をやっていただけませんか」
「ええ、やってあげましょう。文化祭らしく、ワッとみなさんに景気をつけてあげましょう。たのしいものですよ。青春ですね」
 意外また意外。いともアッサリとひきうけた。
 当日から信二の家が文化祭企画本部になって、青年団の幹事連中が集合する。外れても自分の損にはならないようだから、ノータリンの坊っちゃんが何をやらかすかと面白ずくも手つだって、別に不平を云う者もいなかった。
「ストリップだしたら、もうかるべい」
 という意見が圧倒的であったが、かの苦行僧はこれを静かに制して、
「いけません。かりにも、文化祭ですよ。生活を高めるものが、文化です。ボクの意見としては、ジャズバンドと美貌の歌手をつれてきたいと思うのですが、それも純粋な芸人でなしに、大学生のジャズバンドですね」
「アナタの母校ですね」
「そういう関係は意味ないです。大学生のバンドにも本職ハダシのがあって、高給で一流キャバレーへ出演しているのもあるのです。その一流どころをよびましょう。美しい女子大学生の歌手が附属しているバンドを狙いましょう。東都一流の学生バンドと美貌のアルバイト歌手。日劇出演。青春の花形。微風と恋、恍惚のメロディ。こんな、広告、いかが? 三十円の入場料で最低千枚が目標です」
 大半の人々はまさかと思っていた。どうせお流れだろうが、とにかくこれも一興と万事を信二にまかせた。
 信二は青年団の団長に正式の契約書数枚を作らせて、これを握って出演契約をとりに上京した。数日して、目的通り契約をとって戻ったばかりでなく、青春の花形、微風と恋、恍惚のメロディ云々というビラ百枚と入場券五千枚を持ってきた。印刷屋にも青年団の契約書を入れてきただけで、手金も払っていない。この借金を撃退するのが、また彼の後日のタノシミなのである。
 信二は青年団の重役連三十名の男女に切符を分配して、
「近郷近在、手づるをもとめ、顔をきかせて、売れるだけ売って下さい。全力をあげることですね。売上げをあんまり使いこんじゃいけませんね。半分は持ってきて下さらなくちゃア、雑費が払えませんから」
 ニコリともしないで重大な訓示を云い渡した。男女三十名の重役連、訓示の重大さに気づいたのは、信二の家を辞してからであった。
「売上げをあんまり使いこんじゃいけませんね、と。たしか、そう云ったねえ。アンマリ、と。アンマリか。ちッとはいいのかい?」
「半分は持ってきて下さらなくちゃアと仰有ったわねえ」
「ウウム。そうか。オイ。これだぜ。これを政治的フクミと云うんだ。今の言葉でな。そうか。血筋は争えないもんだなア。さすがに名門の子孫だよ。おそるべき政治的手腕だぜ。バカどころか、バカとみせて、見上げた腕じゃないか」
「政治家ねえ」
「おそれいった」
 にわかに認識が改った。


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