一度ひとり静かに頷いて結論をつけ加えた。
「どういうワケなんですか?」
「ハ? いま申上げましたようなワケです。まことに、どうも、悲痛きわまる次第なんです」
「なんだか、ゾクゾク寒気がするわね」
「そうなんです。この夕頃の時刻は、土中の農作物が一時に空気を吸いこみますために、にわかに冷えます」
「私はまたアナタのせいかと思ったわ」
「感謝します。ありがとう」
「どういう意味?」
「ボクのいつわらぬ心境です」
「変った村ねえ。まるで外国にいるような気持になったわ」
「いいですね。夢をみて下さい。異国の夢。青春の一夜です」
「ワー。助からない」
「小森ヤツ子さん!」
「へんな声をださないで。私もう帰るわよ。でも、覚えてらッしゃい。二等の運賃は忘れないから」
「モシ、モシ」
「たくさんだッたら!」
「念のために申上げたいのですが、最終のバスはとっくにでました。次のバスは明朝まででませんが」
「私の連れの方は?」
「ボクは存じません」
「お連れの方はボクが最終のバスに御案内いたしまして、無事おのせいたしましたんで」
「私にはバスの時間も知らせなかったのね」
 ヤツ子の怒りはここに至ってバクハツしたが、内心大いによろこんでいるのは信二であった。怒り、激怒。これぞ関係中の関係だ。ここに於て二人の心は深く交っているのである。怒り、憎しみ、愛、それは表面の波紋にすぎない。まず何よりも心が深く交ることが大切なのである。あとは潮時と運命の問題だ。これが彼の哲学だ。
「今日は文化祭で若い衆が飲んでますから、婦人の夜歩きは危いです」
「ほッといて下さいな」
「イエ、どこまでもお伴します」
 ヤツ子はズンズン歩いたが、日がとっぷり暮れてしまうと、何一ツ見えなくて歩けない。三歩ほどうしろに相変らず信二がついてくるので、日が暮れきってみると、とにかくその存在がなんとなくタノミでもある。駅までは歩けないし、途中には宿屋もないし、どうにも馬草村へ戻る以外に仕方がないらしい。
「村へ戻って泊るしかないわね」
「むろん、そうですよ」
「アナタ、夜道でも歩けるわね」
「イエ、ボクも全然見えませんが、なんとか歩いてみますから、ボクの背中につかまって下さい」
「不潔だわ。イヤよ」
「そうですか。じゃア帯の端を長く垂らしますから、それを握って、ついて来て下さい」
 信二は先頭に立って歩きだしたが、月も星も見えな
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