。偉大なる博士が彼の女に目をつけたのは流石《さすが》に偉大なる見識といわねばならない。何となればこの少女は、街頭に立って花を売りながら、三日というもの一本の花も売れなかったにかかわらず、主として雲を眺め、時たまネオンサインを眺めたにすぎぬほど悲劇に対して無邪気であった。偉大なる博士ならびに偉大なる博士等の描く旋風に対照して、これ程ふさわしい少女は稀にしか見当らないのである。僕はこの幸福な結婚式を祝福して牧師の役をつとめ、同時に食卓給仕人となる約束であった。僕は僕の書斎に祭壇をつくり花嫁と向き合せに端坐して偉大なる博士の来場を待ち構えていたのである。そのうちに夜が明け放れたのである。流石に花嫁は驚くような軽率はしなかったけれど、僕は内心穏かではなかったのである。もしも偉大なる博士は間違えて外《ほか》の人に結婚を申し込んでいるのかも知れない。そしてその時どんな恥をかいて、地球一面にあわただしい旋風を巻き起すかも知れないのである。僕は花嫁に理由を述べ、自動車をいそがせて恩師の書斎へ駆けつけた。そして僕は深く安心したのである。その時偉大なる博士は西南端の長椅子に埋もれて飽くことなく一書を貪《む
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