た。
「さア、出よう。帰らうや」
 大先生は返事をごまかして、座敷からマリマリ嬢を突きだしさうな邪険なことをした。マリマリ嬢はくすぐつたいのをこらへるやうに身体をちゞめてクツクツ笑つたが、大先生をふりむいた目は澄んでゐた。
「先生、ずいぶん無理するのね。ほんとは泊りに行きたいくせに」
 大先生はもはや芸をだしきつて、やむなく怒つた顔によつて威厳をとりつくろつた。然し顔付に似合ふやうなうまい返事がでゝこないので、黙つてグイグイ押しやつて勘定を払つて外へでた。
「君のお店まで送つてあげるから別れよう」
「えゝ」
 しばらく沈黙がつゞいてから言つた。
「先生も案外ウブなのね」
「学説に反したかね」
「反した方がいゝのよ、あんな学説。私、ほんとはダラク、きらひよ。先生も、ダラクしちや、いやよ」
「よろしい。しない」
「まア、うれしい」
 マリマリ嬢は大先生にだきついてセップンした。そして、もう、いゝわ、さよなら、と云ひ残して駈け去つてしまつた。
 したがつてタイタイ大先生は観察の結果に就てマリマリ夫妻に全然報告を送らぬことにした。「不肖の弟子につき破門」といふハガキを書いてみたこともあつたが、
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