入らせてくれる女の方が趣味にかなつてゐる。先生はそつちの方を思ひだして行かなければならなくなつた。
 マリマリ嬢は人差指でコメカミのあたりをクリクリ突きまはしながら片目をつぶつてニヤニヤした。
「さすがに大先生は気前がいゝのね。困つちやつたな。私、先生にエロサービスしようかなア」
「エロサービスは大先生の趣味ではない」
 先生はそこで始めて大いに威厳のあるところを見せた。
「エロサービスはもつぱら愛情によつてなすべきものだ。これを金額に応じてなすべきものではない。これはすでに亡びたる昔日の道徳にすぎない。もとよりマノン・レスコオが恋人であるタイタイ大先生の見解によれば、エロサービスは金額に応じてなさるべきものである。しかしかゝるエロサービスは当人が天来の技術者であり芸術家であるときに成りたつのであつて、文学に於けるが如く、エロサービスに於ても、天分なきもの、又、天分の開花なきものが、この道にたづさわつてはいけないものだ」
「私、先生のガマ口の中味を横目でにらんぢやつたのよ。さすがにお金持なのね。をいしいもの、御馳走してちやうだいよ」
「よろしい。支度をして出てきなさい」
「アラ、うれしい」
 タイタイ先生が路上へでゝ待つてゐると、マリマリ嬢は身支度して出てきて、いきなりタイタイ先生にとびついた。
「うれしいわ、先生」
 顔をよせてさゝやいたと思ふとセップンした。それから先生の片腕へ自分の片腕をまはし、別の片手で先生の掌を握つて、からだでぐい/\押すやうにもたれかゝつて歩きだした。
「時々こんなことをやるのかい」
「大先生だけよ」
「それにしては、なれたものだ」
「天才があるのよ。分らないのかなア、先生は」
 しかしタイタイ先生の心眼によると、天分があるやうではなかつたのである。この程度までは誰でもやれる。先生は文学者だから、綴方《つづりかた》と小説の相違、天分とか才能の限界に就て常々ギンミになやむ思ひが去らず、それが先生自らのボンクラ性に対しての悲劇的な悩みの種でもあるのだから、この心眼の観察力は悲痛なほど深刻、シンラツであつた。
 先生は自分の娘にエロサービスをされてゐるやうなクスグッタさと、味気なさに当惑した。
 初歩の文化が起るとき、先づ父子相姦が禁じられるのは、たぶんその最も強烈な原始的エロチシズムの魅力のせゐによるのだらう。こゝには太陽の下の原色的なエロチ
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