払ひが好き。なぜなら酔つ払ひは怖くないもの。酔はない男はとても怖いわ」
「あら、あなたはそんなことを云つて、いつといゝ人をごまかしてゐるのね。ずるいわ。それもタイタイ先生の流儀?」
「まア、お待ちなさい。順に述べて行くのですから」
 三十才のマダムよりは十九のマリマリ嬢がどうしてもウハ手なのである。つまりマダムは古風だ。世間の女の誰しもがこんな時にはこんな風に言ふといふ言葉しか言へない。マリマリ嬢は自分の流儀で喋りまくつてゐるだけの相違なのである。
「三人のオヂサンのほかに、もう一人チップを下さるお客様は、これがどうも、来てくれないかな、説明ができないのですもの。タイタイ先生に見ていたゞきたいわ」
「それなんだね。君がこれから余は恋をするであらうと言つてパパママに宣言したといふ対象は?」
「えゝ。でもその方一人ぢやないのよ。私、恋をするとき一人だけぢやイヤなんですもの。三四人、一緒にやりだすつもりなのよ。一人ぢや物足りないでせう。でもまだ今のところ、その方と、そのほかに一人。二人だけでせう。あと二三人手頃なのが揃つてから、やりだすのよ」
「大いによろしい。双手《もろて》をあげて賛成だな」
「さすがだなア、タイタイ大先生は!」
 マリマリ嬢は胸のあたりをさぐつて、一服の薬の包みのやうなものをとりだした。
「時々くるお客さんがくれたのよ。神代から伝はる貴重な名薬ですつてさ」
「ほゝう」
「エモリの黒焼よ」
「エモリの黒焼か。これが」
「飲んでみる?」
「イヤイヤ。これは、たしか、飲むものではなかつた筈だ。何食はぬ顔で相手の後姿か何かへふりかける筈のものだ。惚れない人を惚れさせる薬だから、飲ませるチャンスはないのだよ」
「飲ませれば、尚きくでせう」
「四五人取揃へたあかつきに、これを飲ませるつもりかい」
「さうぢやなくつてよ。その一人一人から、私の方が飲ませてもらうのよ。なんとかならないかしら。今のところ、自信がないのですもの。先日、駅まで送らせて、手を握らせてみたのだけど、気持のわるいものなのね。なんとなく、うるさくなるばかりなんですもの。むかむかしちやつて、横ッ面をヒッパタきたくなつちやうのですもの」
「それでは、かへる」
 タイタイ先生は立上つた。三百円づゝチップをふんぱつした。
 先生はダメなのである。本性劣悪であるところへ、酔へば更に下劣だから、手を握らせて悦に
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