のちやうど中央に坐を構へて、波子のくるのを待つてゐた。臍のあたりで指を組んで、坐禅といふ構へである。波子が顔をだして挨拶すると、頷いて、それから、しばらく、目をとぢてゐた。坐れ、とも言はない。目をとぢてはゐるが、別に、むつかしい顔でもない。泥鰌髭が笑つてゐるやうなたあいもない顔である。
「何の御用」
 波子は、うんざりして、再び、きいた。壁にもたれて、庭を見ながら。
 伝蔵は目をあけた。と、急に、モゾ/\と立上つて、いつになく荘重な顔をしながら、
「ちよつと、来てくれ」
 波子をともなつて、幾つか部屋を通り、仏間へ来た。おや/\。これは、お芝居が深刻なことになつた、と、波子はなかば観念した。
「ちよつと、こゝへ坐つてくれ」
 波子を坐らしておいて、伝蔵は仏壇の扉をあけ、燈明をともし、数珠をつまぐり、ピタリと坐つて、しばらく念誦してゐたが、それを終つて波子の方に向き直つた時には、まつたく重々しい顔付に変つてゐた。伝蔵は、先づ、肚に力をいれ坐り方を吟味した。
「御先祖御一同様の前で、あなたに頼みたいことがあります」
 伝蔵は、かう言つた。言葉の重大さに調和する顔付を崩すまいと、苦心してゐるのである。眼玉を大きく見開かうとする意志と、開かせまいとする志向と、二つのものが入りみだれてゐる証拠には、たうとう半眼に釘づけになる。けれども、大いに波子を睨みすくめる心掛けでゐるらしい。やがて、万策つきはてるのは、分りきつてゐるのである。あなた、だの、あります、だのと、敬語を使つて、いつたい、何事をやりだす目論見なのであらうか。
 と、伝蔵は、突然、ピタリと、両手をついた。驚くべし。娘に向つて、敬々《うやうや》しく、頭をたれたのである。そればかりではなかつた。頭を畳にすりつけて、殆んど一分間ぐらゐ、平伏してゐる。
「どうか、遠山さんと結婚して下さい。父の一生の、お願ひです」
 父は、平伏しながら、叫んだ。ふりしぼつたやうな声だつた。まさか、泣いてゐるのではないだらう。
 波子は危く噴きだすところであつたが、然し、実際、冗談もひどすぎる。母が見たら、泣くであらう、と波子は思つた。いつたい、これは、どう始末すべきものやら。手のほどこしやうもない。まさかに、父は気が違つたのでもないだらう。
 伝蔵は頭をあげた。波子は、こまつた。どんな顔付をしたら、いゝのやら。仕方がない。黙つて、父を、みつ
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