し、そのとき、わずかながら隠されて残ったものがある。その寺はワケあって再建されないが、名もないお堂のようなものの中に、秘密の仏像だけが今も残って伝わるような事実がありうるような気がする。バクゼンとそういうことが考えられるのである。
しかし、そういうことは過去に於て公然と言いうることではなかったから、何寺や何堂に古代の何があるという確かなことは文献的には知り得ない。過去に庶流の朝廷を認めずに闘争的だったヒダ人も、千年の時の流れに祖先の歴史を忘れきってしまってもいる。
――せめてヒダ人の顔がいくらかでも残っておれば、それだけでもホリダシモノだな……
私はヒダの旅にでるときバクゼンとそう考えて、そこにだけ多少の期待をもっていたのであった。
★
ドシャブリのクラヤミに下呂《げろ》へついた。長い梅雨のあとに更に昨日来の豪雨で、谷はあふれ、発電に支障してか、停電でもあった。
私はヒダの第一夜を下呂でねようとは思っていなかった。もっと名もない町や村で、自分の土地の旅人ぐらいしか泊らないような宿をさがして泊りこんで、古いヒダの顔や言葉が今もどこかにありうるかどうか、私
前へ
次へ
全32ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング