と思う。ヒダ嫡流の皇子サマか天皇サマは殺されて白い鳥になってどこかへ飛び去ったという。ヒダの王様は神の意か、天皇の意か、コウとよんでいたようで、ヒダの古い京にコウノ岡、コウの森などの名が残っていますが、今も諸国にコウの鳥の伝説をもっているのはこの落ち武者の部落のあったところでしょう。白山神社、スワ神社などもここの神様でしょうが、八幡様もそうらしい。ほかにもいろいろこの一族の神様がありますが、以上の三ツなどがヒダ族の主要なウブスナのようです。ヒダ自身の第一の神社は水無《みなし》神社ですが、これはどうやら白鳥になって飛び去ってこの世から身体を失った人、実際はヒダへ追いつめられて負けて死んでその首をミヤコへ持ち去られてしまった人、そのヒダ王朝の嫡流の最後の人を祀ったものらしく、水無《みなし》神社は身無《みなし》神社の意であろうと私は解しております。
ヒダ王朝の嫡流を亡して庶流がとって変る時代の国史は、その偽装が幾重にも幾重にもと張りめぐらされておって、恐らく嫡流そのものの本体をいくつにも解体して、その一ツに自分のやった悪役を押しつけたりしているように思われるのですが、たとえば悪役の蘇我氏、または蘇我氏の先祖の竹内スクネ、これらは実在の人物ではなくて、嫡流を解体して幾体かにわれた分身のその一ツで、竹内スクネは神功皇后の良人《おっと》の天皇たる人の分身でもあるし、蘇我の馬子は推古天皇の良人の天皇たる人の分身でもある。その子孫のエミシも入鹿《いるか》もそうですが、ことに入鹿は聖徳天皇の皇子、つまりヒダ王家の本当の嫡流たる山代大兄《やましろおおえ》王を殺して自分が皇位に即いていますが、実際は架空の人物で、彼は彼が殺した筈の山代大兄その人に当っていると私は解しているのです。そして入鹿であり山代王であり日本武尊であり大友皇子であるところの最後の嫡流は庶流の女帝を軍師とする一派によって亡ぼされた。――この推測は、嫡流方の造った寺の本たる上宮聖徳法王帝説の記事と違っています。この本には明《あきらか》に蘇我入鹿の名がでて山代王を殺し、彼は天皇になっています。この本は一部に於て記紀の史実を否定する材料を提出しているのですが、しかも反対の事実として蘇我入鹿天皇の実在を示している。しからば蘇我氏の存在は架空ではなく実在が明白ではないか。だが、どうでしょうか。
私はこの本もそっくり史実ではないと思っています。この本の作者か、もしくは註釈者(平安末期の相慶子ではなくて、この本の書かれた直後の註釈者)は、本当の史実も知っていました。しかし、この本は時流に即して、現天皇家の定めた国史たる記紀の記述にしたがい、それに合せて法隆寺の縁起や聖徳太子及びその一族のカンタンな歴史を書き残しました。そして現支配者の国史をくつがえして書く自由は許されないので、その偽装の国史に即す限りに於て記紀の誤りを正しておいた。
ところが、作者よりも註釈者の方がもッと大胆で、(実は同一人物かも知れません。かりに註釈者を設定したのかも知れない)たとえば、法隆寺蔵するところの繍帳縫著亀背上の文字を録したのちに、その文字の作者は更々実情を知らざるものである、と意味深重な註釈をつけているのです。そして、聖徳太子の死んだのは、その皇妃の死んだ二月二十一日の翌日である。それは金堂の釈迦像の光背の文字が示している通りである。ところが亀背上の文字は皇妃の死んだ日の翌日、推古三十一年二月二十二日に聖徳太子が死んだと書いている。(この太子の歿年は書紀も古事記も同じです)
ところが註釈者の曰く、釈迦像の光背の文は皇妃の死の翌日に太子が死んだと書いてはいるが、皇妃の死の翌日[#「皇妃の死の翌日」に傍点]とあるだけで、決して同じ年[#「同じ年」に傍点]の翌日とは書いてない。つまり、太子はたしかに二月二十二日に死んでる。しかし、皇妃の死んだ年の二月二十二日ではないのだ、という実に注目すべき意味深重な暗示をなしているのです。
この法王帝説という本の中で最も重大なのはこの註釈のくだりですよ。巷宜、註、蘇我也、という。これも意味深重な暗示らしい。このところでは、記紀の史実に従いながら、何事か重大な暗示をしようと努めており、その重大なカギがこの註釈のくだりに必ず隠されているように私は思う。私が日本の歴史を疑りはじめたのはここから出発しているのですが、この暗示からはまだ直接の解答をひきだすことができません。
欽明天皇の時代に仏教が渡来した。この欽明天皇及びそれ以後五代にわたるヒダ王家の嫡流は皇居を大和に定めつつもヒダにも(今のミノか)居城か行宮があった。飛鳥寺というのは大和の飛鳥ではなくて今のミノの武儀郡あたりにあったんではないかね。聖徳太子の七大寺のうち定額寺(葛城氏に与えた)というのは、ミノか伊那であろう。物部守
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