ウソをつくと許さんぞ」
「オレのだ。オレがいつもフトコロへ入れていたものだ」
「お前の云うことが本当だという証拠があるか」
(無言)
「お前がいつもそれをフトコロに入れていたことを見て知ってる者がいるか」
「誰にも見られないように用心して隠していたから、誰にも見られたことがない」
「なぜ見られないように隠したのか」
「オレの大事なお守りだから誰にも見せたくなかったのだ」
「どうして大事なお守りなのか」
(無言)
「誰にもらったのか」
(無言)
「いつから持っているのか」
(無言)
「お前がみんな正直に言ってくれれば、おいしい弁当を食べさせてやる。たとえ人の物を盗んだのでも、正直に云えば許してやるし、弁当もまちがいなく食べさせてやるぞ。どうして大事なお守りなのか、それをみんな教えておくれ」
「オレはトランプがほしくてたまらなかった。町の本屋の店にちょうど人が居ないときトランプの箱が目についたから盗んだ。一箱ごと持ってると人にさとられるから、一番好きな札を一枚のこして、あとは川の中へすてた」
「なぜハートのクインが好きか」
「なぜだか知らないが、一番好きだった。そしてオレのお守りにした」
「肌身はなさず持っていたか」
「肌身はなさず持っていた」
「これを失くしたのはいつか」
「なくしたのではない。サヨが死ぬ前に抱かしてくれと云ったから、貸して抱かせてやったのだ。サヨは抱いてポロポロ泣いた」
「サヨが死ぬのを知っていたのか」
「オレが殺したのだ」
「なぜ殺したか」
(無言)
「お前はウソをついているのだろう」
「ウソをついているのではない。サヨを殺したから、オレを殺してくれ。オレは死にたい」
「お前は弁当が食べたいのだろう」
★
約二時間後、仁吉が弁当を食べ終り、休息したのちの一問一答である。
「さっきサヨを殺したと云ったが、あれはウソだろう」
「本当だ」
「お前はサヨと口をきいたことがあるのか」
「サヨはオレに親切だった」
「なぜ親切だったのか」
「オレがサヨの小屋へ食べ物を盗みに行ったら、サヨに見つけられて、逃げるところを後から突きとばされて押えつけられた。なぜ泥棒にきたかと訊いたから、泥棒しないと御飯が食べられないからだとワケを話した。するとサヨはポロポロ泣いて、すまなかった、すまなかった、と言ってオレを抱いた。その日からサヨはオレに親切だった。食べるものがないときはいつでも来いと云った」
「それはいつごろか」
「サヨの死ぬ一月ぐらい前だった」
「お前は時々食べ物をもらいにサヨのところへ行ったのか」
「時々行った。サヨはオレが行くとよろこんで、あれもこれもタラフク食えとすすめた」
「サヨが死んだ日のことを云ってごらん」
「サヨはオレの顔を見ると、お前の来るのを待っていたと云った。そしてこの前見せてくれたハートのクインのお守りをオレに貸して抱かせてくれと云った。それを手渡してやるとサヨは自分の肌につけてポロポロ泣いて、お前に殺してもらうために刃物を用意しておいたと白木のサヤの短刀をとりだして見せた。どうして死にたくなったのかと訊いたら、お前に会ったからだと云った。そしてお前に殺してもらえれば本望だと云ってポロポロ泣いた」
「なぜ本望だか、お前に分るか」
「そんなことは分らないが、サヨの言葉はみんな本当にきまっている」
「サヨが殺してくれとたのんだから、その短刀で突いたのか」
「サヨはオレに短刀を持たせてハダカになった。この腹がいとしくて、いとしくてたまらないから、この腹を突きさいて殺してくれと云った。そして、お前も生きていると、大人になって、大人はみんな悪者だから、そうなる前になるべくお前も死ぬ方がよいと言った」
「お前はなんと返事をしたか」
「返事なんかしない。サヨはオレの返事をきいたのではないから。サヨはオレが大人になる前になるべく死んだ方がよいと教えてくれただけだ。サヨはこの腹がいとしい、いとしいと何べんも云って、なんとも云えない優しい笑顔で自分の腹をさすって見ていた。ヘソのところへ短刀を力いっぱい突きさして、下の方へ引き下せるだけ引き下して腹をさいてくれと云った」
「サヨはねてヘソを指さしたのか」
「立っていた。立ったまま突きさせと云って、オレの手を押えて自分で短刀の位置を定めた。さア、突いておくれと云って、目をとじた」
「その前に、お前に頬ズリをしなかったか」
「そんなことはしない。サヨはいつもオレの目を見ていたし、オレはいつもサヨの目を見ていた。ハダカになってからは、サヨの目はいつも神サマの目のように笑っていた」
「神サマの目を見たことがあるか」
「サヨの目を見ている間、そう思って見ていた。その目が開いているとオレが突けないと思ったのか、さア突いておくれ、と云って目をとじたが、それは一そう神々しく見えた」
「サヨは目をとじて蒼ざめた顔をしたか」
「目をとじたら、一そう神々しい笑顔に見えた。オレはサヨに云われた通り力いっぱいヘソを刺して、それから下へ引いた」
「サヨは悲鳴をあげたろう」
「一度も悲鳴なんかあげない。突き刺したとき、かすかにウッとうめいて、オレが短刀を引き下して抜いてから、よろめいてドスンと倒れた。しばらく苦しんでもがいたが、一度も叫ばなかった。サヨは苦しみながらオレに云った。仁吉は男だ、我慢しろと云った」
「それはどういう意味か」
「痛いのはしばらくだ、じき楽になるから、とまたサヨはオレに云った。そして、しばらくたつと、サヨは本当に楽になって、笑いをうかべた」
「そして何か云ったか」
「その笑い顔が挨拶の言葉だということがオレには分った。そしてサヨは死んだ」
「なぜサヨが殺されているとウソをついて届けたのか」
「サヨがそうしろと教えて死んだからだ。オレは一人で誰にも見せずに穴を掘って埋めると云ったが、そんなことはするなとサヨは云った。生涯生き恥をさらしたから、ハダカの死に姿をさらして死に恥もかきたい、と云った。みんなにハダカ姿を見せたいと云った」
「罪ほろぼしに死に恥をかきたいと云ったのだな」
「ハダカで死にたい、ハダカがいとしい、ハダカを見せたい、とその後で云った」
「お前はサヨを殺したことを後悔しているか」
「サヨは喜んで死んだ。最後にサヨの喜ぶことがしてやれたからオレはうれしい。だからオレはもう死にたいと思う」
★
短刀は仁吉の云った場所から現れたし、仁吉の着衣には血を洗い落した跡があることも判明したから、彼の告白が真実であるときまってこの事件は解決した。
ただこの事件の副産物として、淫乱女の死を予言した花井訓導の発狂という事実がとりのこされていた。
花井は人見医師が平戸先生を全裸にして辱しめたという理由で復讐のために附け狙い、またその辱しめを受けた平戸先生は汚れながら生くべきではないという理由で殺すために附け狙った。
そのために彼の発狂が人々にもわかり、彼は精神病院へ送られた。
仁吉が下手人と判明したとき、花井は捜査本部へ怒鳴りこんできた。仁吉はデタラメを云っているのだ。彼の教師だった自分だけが彼に本当のことを語らせることができるのだと云って、仁吉に会わせてもらいたいと強要した。それを拒絶されたとき、彼はこう叫んで世を呪った。
「最もいまわしい汚れた女が殺されたために、大金を費し、良民に迷惑をかけて犯人を探すことがすでに奇怪である。肉体で支払いをした女も、その支払いをうけた男も、畜生であって、人間ではない」
彼は人を殺しまた裁くことだけ知っていたが、自分を裁くことは知らなかった。それが彼の云う人間であった。畜生は自分を裁いて死んだ。
底本:「坂口安吾全集 13」筑摩書房
1999(平成11)年2月20日初版第1刷発行
底本の親本:「群像 第八巻第一号」
1953(昭和28)年1月1日発行
初出:「群像 第八巻第一号」
1953(昭和28)年1月1日発行
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2010年5月19日作成
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