よ」
「え? 本当かい?」
 人見はバスの中で耳にした乗客の会話について語った。
「その乗客はアンタの村の人?」
「いいえ。よその村の者らしいが、その顔は覚えてます」
「どんな男?」
「農夫ともヤミ屋ともつかない四十ガラミの男です。かなり大きな荷物をぶらさげてこの町の目貫通りで降りましたよ」
「ヤミ百姓だな。それなら今日のバスで戻るに相違ない。よし一しょに行こう」
 バスの停留場で寒風に吹かれながら待っていると、果してその男が現れた。人見は躍りあがらんばかりに喜んで歩み寄った。
「あなたは今朝のバスの中で、花井訓導がサヨの情夫だったということを連れの方に語ってきかせていましたね」
 男は怪訝な顔をして目をそらして、相手になろうともしなかった。人見がせきこんで説明しようとするのを、毛里がひきとって、噛んでふくめるように説明したが、男は首をふって否定するばかりであった。最後に腹を立てて云った。
「第一オレは花井もサヨも知らないよ。オレがバスの中でそんなことを云った覚えがないということは、連れの男にきけば分らア。酒場にひッかかっていなきゃア、おッつけ来るころだ」
 幸いにも、連れの男は酒場に
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