った。その日は日曜で学校が休みであった。
 人見は近づく子供たちを追い返しながら留守番した。しかし子供たちの侵入が執拗にくりかえされるので、彼らの目から屍体を距てるために、部屋の片隅に丸めて投げすてられていたサヨの着物をとって屍体にかぶせた。そのとき着物の中から一枚のトランプの札がヒラヒラと落ちた。拾いあげてみると、ハートのクインであった。彼はそれを手品使のように指にはさんで、もと着物のあった片隅の方へ投げ返した。
 彼はこのふるさとの村に開業してから二十年にもなるが、まだ他殺体を見たことがなかったので、死後時間などを推定するだけの経験も自信もなかった。こんな山奥の村でも、自殺や事故の変死体は年々いくつか取扱ったが、他殺はこれが始めてであった。
「やっぱり、この女が殺されたか」
 彼はある日の記憶を思いだして、ふと呟いた。そして「やっぱり」という言葉にちょッと怯えて「とうとう」という言葉に頭の中で置き変えてみた。それも気に入らなくて、妙にそのことにこだわったが、これが不吉の前兆というべきであったかも知れない。
 ある日の記憶というのは、今から二三週間前のことであるが、ふと学校に立ち寄っ
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