った。食べるものがないときはいつでも来いと云った」
「それはいつごろか」
「サヨの死ぬ一月ぐらい前だった」
「お前は時々食べ物をもらいにサヨのところへ行ったのか」
「時々行った。サヨはオレが行くとよろこんで、あれもこれもタラフク食えとすすめた」
「サヨが死んだ日のことを云ってごらん」
「サヨはオレの顔を見ると、お前の来るのを待っていたと云った。そしてこの前見せてくれたハートのクインのお守りをオレに貸して抱かせてくれと云った。それを手渡してやるとサヨは自分の肌につけてポロポロ泣いて、お前に殺してもらうために刃物を用意しておいたと白木のサヤの短刀をとりだして見せた。どうして死にたくなったのかと訊いたら、お前に会ったからだと云った。そしてお前に殺してもらえれば本望だと云ってポロポロ泣いた」
「なぜ本望だか、お前に分るか」
「そんなことは分らないが、サヨの言葉はみんな本当にきまっている」
「サヨが殺してくれとたのんだから、その短刀で突いたのか」
「サヨはオレに短刀を持たせてハダカになった。この腹がいとしくて、いとしくてたまらないから、この腹を突きさいて殺してくれと云った。そして、お前も生きていると、大人になって、大人はみんな悪者だから、そうなる前になるべくお前も死ぬ方がよいと言った」
「お前はなんと返事をしたか」
「返事なんかしない。サヨはオレの返事をきいたのではないから。サヨはオレが大人になる前になるべく死んだ方がよいと教えてくれただけだ。サヨはこの腹がいとしい、いとしいと何べんも云って、なんとも云えない優しい笑顔で自分の腹をさすって見ていた。ヘソのところへ短刀を力いっぱい突きさして、下の方へ引き下せるだけ引き下して腹をさいてくれと云った」
「サヨはねてヘソを指さしたのか」
「立っていた。立ったまま突きさせと云って、オレの手を押えて自分で短刀の位置を定めた。さア、突いておくれと云って、目をとじた」
「その前に、お前に頬ズリをしなかったか」
「そんなことはしない。サヨはいつもオレの目を見ていたし、オレはいつもサヨの目を見ていた。ハダカになってからは、サヨの目はいつも神サマの目のように笑っていた」
「神サマの目を見たことがあるか」
「サヨの目を見ている間、そう思って見ていた。その目が開いているとオレが突けないと思ったのか、さア突いておくれ、と云って目をとじたが、それは一そう神
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