に焼けた荷物や蒲団が飛び散り、人間が二人死んでいた。四十ぐらいの女と男のようだった。
 二人は再び肩を組み、火の海を走った。二人はようやく小川のふちへでた。ところが此処は小川の両側の工場が猛火を吹きあげて燃え狂っており、進むことも退くことも立止ることも出来なくなったが、ふと見ると小川に梯子《はしご》がかけられているので、蒲団をかぶせて女を下し、伊沢は一気に飛び降りた。訣別した人間達が三々五々川の中を歩いている。女は時々自発的に身体を水に浸している。犬ですらそうせざるを得ぬ状況だったが、一人の新たな可愛い女が生れでた新鮮さに伊沢は目をみひらいて水を浴びる女の姿態をむさぼり見た。小川は炎の下を出外れて暗闇の下を流れはじめた。空一面の火の色で真の暗闇は有り得なかったが、再び生きて見ることを得た暗闇に、伊沢はむしろ得体の知れない大きな疲れと、涯《はて》しれぬ虚無とのためにただ放心がひろがる様を見るのみだった。その底に小さな安堵があるのだが、それは変にケチくさい、馬鹿げたものに思われた。何もかも馬鹿馬鹿しくなっていた。川をあがると、麦畑があった。麦畑は三方丘にかこまれて、三町四方ぐらいの広さがあ
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