数の音響でいっぱいだった。米機の爆音、高射砲、落下音、爆発の音響、跫音、屋根を打つ弾片、けれども伊沢の身辺の何十米かの周囲だけは赤い天地のまんなかでともかく小さな闇をつくり、全然ひっそりしているのだった。変てこな静寂の厚みと、気の違いそうな孤独の厚みがとっぷり四周をつつんでいる。もう三十秒、もう十秒だけ待とう。なぜ、そして誰が命令しているのだか、どうしてそれに従わねばならないのだか、伊沢は気違いになりそうだった。突然、もだえ、泣き喚いて盲目的に走りだしそうだった。
 そのとき鼓膜の中を掻き廻すような落下音が頭の真上へ落ちてきた。夢中に伏せると、頭上で音響は突然消え失せ、嘘のような静寂が再び四周に戻っている。やれやれ、脅かしやがる。伊沢はゆっくり起き上って、胸や膝の土を払った。顔をあげると、気違いの家が火を吹いている。何だい、とうとう落ちたのか、彼は奇妙に落着いていた。気がつくと、その左右の家も、すぐ目の前のアパートも火をふきだしているのだ。伊沢は家の中へとびこんだ。押入の戸をはねとばして(実際それは外れて飛んでバタバタと倒れた)白痴の女を抱くように蒲団をかぶって走りでた。それから一分間
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