口から行ってごらんなさいと仕立屋が言うのだが、あいにく伊沢は勤め先で特配があるので婆さんの世話にならずにすんでいた。
ところがその筋向いの米の配給所の裏手に小金を握った未亡人が住んでいて、兄(職工)と妹と二人の子供があるのだが、この真実の兄妹が夫婦の関係を結んでいる。けれども未亡人は結局その方が安上りだと黙認しているうちに、兄の方に女ができた。そこで妹の方をかたづける必要があって親戚に当る五十とか六十とかの老人のところへ嫁入りということになり、妹が猫イラズを飲んだ。飲んでおいて仕立屋(伊沢の下宿)へお稽古にきて苦しみはじめ、結局死んでしまったが、そのとき町内の医者が心臓麻痺の診断書をくれて話はそのまま消えてしまった。え? どの医者がそんな便利な診断書をくれるんですか、と伊沢が仰天して訊ねると、仕立屋の方が呆気《あっけ》にとられた面持で、なんですか、よそじゃ、そうじゃないんですか、と訊いた。
このへんは安アパートが林立し、それらの部屋の何分の一かは妾と淫売が住んでいる。それらの女達には子供がなく、又、各々の部屋を綺麗にするという共通の性質をもっているので、そのために管理人に喜ばれて、
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