うのだが、世間は無駄がないもので、役員の一人に豆腐屋がいて、この男だけ娘が姙娠してこの屋根裏にひそんだ後も通ってきて、結局娘はこの男の妾のようにきまってしまった。他の役員共はこれが分るとさっそく醵金をやめてしまい、この分れ目の一ヶ月分の生活費は豆腐屋が負担すべきだと主張して、支払いに応じない八百屋と時計屋と地主と何屋だか七八人あり(一人当り金五円)娘は今に至るまで地団駄《じだんだ》ふんでいる。
 この娘は大きな口と大きな二つの眼の玉をつけていて、そのくせひどく痩《や》せこけていた。家鴨を嫌って、鶏にだけ食物の残りをやろうとするのだが、家鴨が横からまきあげるので、毎日腹を立てて家鴨を追っかけている。大きな腹と尻を前後に突きだして奇妙な直立の姿勢で走る恰好《かっこう》が家鴨に似ているのであった。
 この路地の出口に煙草屋があって、五十五という婆さんが白粉《おしろい》つけて住んでおり、七人目とか八人目とかの情夫を追いだして、その代りを中年の坊主にしようか矢張り中年の何屋だかにしようかと煩悶中の由であり、若い男が裏口から煙草を買いに行くと幾つか売ってくれる由で(但し闇値)先生(伊沢のこと)も裏
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