それで月給が貰えるならよけいなことを考えるな、生意気すぎるという顔附になり、一言も返事せずに、帰れという身振りを示すのであった。賤業中の賤業でなくて何物であろうか。ひと思いに兵隊にとられ、考える苦しさから救われるなら、弾丸も飢餓もむしろ太平楽のようにすら思われる時があるほどだった。
伊沢の会社では「ラバウルを陥《おと》すな」とか「飛行機をラバウルへ!」とか企画をたてコンテを作っているうちに米軍はもうラバウルを通りこしてサイパンに上陸していた。「サイパン決戦!」企画会議も終らぬうちにサイパン玉砕、そのサイパンから米機が頭上にとびはじめている。「焼夷弾《しょういだん》の消し方」「空の体当り」「ジャガ芋の作り方」「一機も生きて返すまじ」「節電と飛行機」不思議な情熱であった。底知れぬ退屈を植えつける奇妙な映画が次々と作られ、生フィルムは欠乏し、動くカメラは少なくなり、芸術家達の情熱は白熱的に狂躁し「神風特攻隊」「本土決戦」「ああ桜は散りぬ」何ものかに憑《つ》かれた如く彼等の詩情は興奮している。そして蒼《あお》ざめた紙の如く退屈無限の映画がつくられ、明日の東京は廃墟になろうとしていた。
伊沢
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