。オツネは大川がねこんだのにホッと一安心、鬼女の能面を外して卓上へおいて部屋をでた。
 オツネはメクラながらもカンのよいのが自慢だから、行きつけの家や旅館に行ったときには女中たちに案内されるのが何よりキライだ。
「私はカンがいいのよ。一人で大丈夫」
 どこへ行ってもこう云わないと気がすまない。もちろんどこの女中もそれがキマリになっているから案内に立とうとする者もいなくなっていた。乃田家でもそうだ。壁に手さぐりで進むから跫音もなく唐紙をあける。すると奥の部屋から奥さんの声で、
「オツネサンかい」
「そうです」
「ちょっとそこで待っててね」
「ハイ」
 誰か人がいるらしい。奥さんはあまり人にきこえないように声を低くしかし力をこめ、
「あなたのあつかましさにはもう我慢できなくなりました。今までに一千万円はゆすっているのですよ。私ももう六十七にもなりましたから名誉ぐらいどうなってもかまいません。もう絶対にお金はあげませんから私の秘密をふれまわったがいいでしょう。第一、窓の外から夜中に戸を叩いてゆするなぞとは何事ですか。さっさと行きなさい」
「あとで後悔しますよ」
 窓の外でふくみ笑いしてこう捨
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